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「遅くにごめんなさい。裕二さんがあまりに頭が痛いって言うので、救急車を呼んで病院に向かっています。それで、脳内出血の可能性もあるって……」

「意識はあるの?」

「はい、意識はあります」

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「わかった。じゃあ病院に着いたらお医者さんに代わってもらえる?」

くも膜下出血・脳梗塞

 もえちゃんはすっかり気が動転している様子でした。もし、脳梗塞だったりすれば後遺症が残る可能性もありますし、最悪の場合は命を落としてしまう。深夜でしたが、私は横で寝ていた太田に声をかけました。

「ねぇ、田中が突然頭痛くなって救急車呼んだって。脳内出血かもしれない」

 けれど太田は目を覚ましたものの、

「ああ、そう」

 と一言反応しただけ。田中は昔から体調が悪くなるたびに、大袈裟に大病を疑う癖がありました。彼からすれば「またなんか言ってるよ」というくらいの感覚だったのかもしれません。

太田光 ©文藝春秋

「一応いつでも行けるようにしておくけど、あなたは?」

「俺はいいよ、別に」

 それから1時間ほど経って、病院のMRIの結果が出たともえちゃんから電話がありました。代わってもらったお医者さんから告げられた検査結果は、「前大脳動脈解離」による「くも膜下出血」と「脳梗塞」。

 血の気が引きました。すぐに太田の肩を掴んで揺さぶります。

「ちょっと! 本当に田中は脳梗塞だったよ」

 すると、それまであんなに反応の薄かった太田がベッドから声を上げて飛び起きたのです。

「ネタ、どうするんだ!」

 私は内心、「そっちなの?」と思いましたが、そのまま部屋をウロウロし始めた太田の姿に呆気にとられてしまいました。

「ライブのネタはどうするんだよ、ネタ。あいつはいつ出れるの?」

「いいから落ち着いて。そんなにすぐは出てこれないよ」

 太田は聞いているのか、聞いていないのか「もうできないのか」とひとり言のようにぶつぶつ言いながら寝室を歩き続けていました。

 その後、お医者さんからの経過報告を聞くかぎり、田中の病状は重篤ではないことがわかり、ようやくその長い夜は終わりました。

(聞き手・構成 石戸 諭・ノンフィクションライター)