“ブリコラージュ”的な5000年前からの舟づくり
桐野 著書の中に“計画性はないけど、その場で何とかやっていく”というニュアンスでブリコラージュという言葉が出ていました。私は『イラク水滸伝』はまさにブリコラージュ的な探検記だと感じました。途方に暮れながらも、その場しのぎ的にやっていこうという感じがすごく面白かったです。
高野 ブリコラージュって実は特別な概念じゃないんです。普段、冷蔵庫にある食材を適当に使って料理するのもブリコラージュだし。ただ、今の社会は計画性を持って何かを行うというのが当たり前になっていて、探検的活動やルポルタージュも計画性が求められるんです。
桐野 でも、計画性がないからこそ面白いんじゃないですか?
高野 そうですね。イラクの現地人もブリコラージュだけで生きているような人たちばかりで、それに合わせて行動していくしかなかったんです。
桐野 舟を作る場面も、こんなに適当でいいのかとびっくりしました。
高野 5000年前から同じ形の舟を作っているそうですが、その頃からこんなに適当なのかなと思いました。大工が二人いるのに同時に仕事することがほとんどなく、相方がいない時に「これ真っすぐになってるか?」と私に聞くんですよ。この舟を見ることすら初めてなのに(笑)。
コロナ禍で「文明とは何か」を突き詰めて考えた
桐野 他にも今回の取材で難しかったことはありますか?
高野 イラクへの渡航ビザが最長1ヵ月までしか出なかったことですね。現地でのいろいろなロスも考慮すると、1ヵ月だと活動できる時間が限られてしまうんです。
桐野 確かにそうですね。しかもコロナ禍で渡航できなくなったわけですが、著書を読んでいると、1ヵ月間の滞在を3回行っただけとは感じませんでした。
高野 取材期間としては不十分でしたが、コロナ禍にたくさんあった時間を利用して、「あそこの特色は何なのか」「歴史はどうなのか」など、取材で得た要素をあらゆる角度からひたすら分析しました。
桐野 普段の探検的活動においては、そこまで時間を掛けて考察・分析ということはなかなかないのでしょうか?
高野 今回ほどは考えませんね。また、イラクはメソポタミア文明の発祥地でもあり、今までの辺境の探検とは違って、文明と対峙しなければいけなかったことも大変でしたね。
桐野 文明との対峙とは、具体的にどんなことですか?
高野 「文明とは何か」を考えることです。これは現地で実感したことですが、湿地帯は道も川もないまさに原初の世界じゃないですか。そうした湿地帯でシュメール人が最初に水路を作って灌漑設備を設けたのは、言ってみれば水と土を分ける行為であり、そうやって“区切っていく”ことから文明が始まるんだなと思いました。