「事件の夜、テレビ番組でアン・ルイスと吉川晃司が卑猥な動作をしていた」という供述が…
再審開始決定の決定打は200点以上の捜査報告書などの証拠開示だった。前川さんが犯人と証言していたNは「事件の夜、テレビ番組の『夜のヒットスタジオ』(フジテレビ系列)でタレントのアン・ルイスと吉川晃司が卑猥な動作をしていた」と供述していた。
ところが、番組の放送は事件よりも後だったと判明した。これで供述の信用性は一挙に崩れ去った。
この事実を警察は捜査報告書に記載し、検察も知っていたが隠していた。山田裁判長は当時の検察官について「公益の代表者としてあるまじき、不誠実で罪深い不正だ」と厳しく断罪した。
吉村悟弁護団長は「証拠開示が大きかった。テレビ放送の食い違いを検察が知ったのは一審の途中でした」と話した。
前川さんの母、真智子さんは1回目の再審請求をする直前に69歳で亡くなった。父親の礼三さん(福井市役所OB)は91歳の高齢で老人施設に入っている。今回、前川さんは「再審開始だよ」とメールを送った。それを見た父は涙を流したという。筆者はかつて福井市役所のOBだった礼三さんを居酒屋で取材したことがある。「息子が犯人だとは一秒たりとも思ったことがない」と話していた。
記者会見で前川さんは「私は金沢の刑務所に服役した。冤罪に苦しむ人はたくさんいますが簡単には再審にはなりません。弁護士さんや支援者の皆さんのおかげで再審を勝ちとることができました。浮かれることなく。戦いはまだまだ続きます」と話した。嘘の証言をした仲間について問われると「恨みがないと言えば嘘になりますが、仕返しはしませんので」と話した。
10月28日は検察の異議申し立ての期限だった。前川さんと吉村弁護士らは午後4時から福井県弁護士会館の会議室で会見準備をしていたが、その最中に、報道陣から「異議申し立て断念」の一報が入った。吉村団長らと笑顔で握手した前川さんは「ちょっと喜んでいます。安堵しました」と落ち着いていた。
筆者が「検事の取り調べはどうでしたか?」と尋ねると、「体格のいい人でしたが、強圧的とかではなく穏やかでした。わかってくれるのかなとも期待していました」と話した。前川さんは検察について「取り調べをした匹田信幸元検事らには間違えてしまいましたとわびてほしい」と話したが、人がよすぎる言葉だった。
「間違えてしまった」などのレベルではない。無罪証拠を隠す卑劣な捏造だったのだ。
若き日の好ましからぬ人付き合いが招いてしまった、大きすぎた人生の犠牲。
だが、還暦を目前にした大柄な男は「多くの支援を受けた自分は幸せだったと思えるようにしたい」と、どこまでも前向きだった。