また、教育の政治的中立性の原則から、教育問題にはなかなか手を出せずにいた政治家らも、77.2億円もの税金に対する「費用対効果」という観点から、当然のように教育現場に「結果責任」を求めることが可能になった。
こうして日本全国の地方自治体が全国学力テストの点数競争に翻弄されるようになっていったのだ。
年に13回もテストが…中学校で起きている異常な状況
全国学力調査の対策として、都道府県、さらには市レベルでも模擬試験を導入する自治体が増え、2018年には、約70%の都道府県が独自の学力調査を実施し、さらには85%の政令指定都市までもが独自のテストを行うようになった。
次の写真は、大阪のある市立中学校の2019年度のテスト計画だ。
この中学校では、学校独自で行っている1年に5回の中間、期末、学年末テストの他に、大阪府独自の「チャレンジテスト」、3年生はそれに加えて大阪市統一テスト、そして年5回の実力テスト、その上さらに、この計画には書かれていない全国学力テストまである。よって、3年生は年13回もテストを受けなければならない計算になる。
再任用で今も働く退職教員は、現在の異常な状況をこんな風に表現した。
「昔、教員は、全国一斉学力テストの直前に学校で行う試験対策を『ドーピング』と揶揄したものだが、今はまるで『シャブ漬け』状態だ」
自治体が独自で導入する模擬試験、生徒たちの成績を蓄積・分析するデータシステムの構築、テスト対策に使用される学習ドリル……。
深刻な教員不足で、教科担任が来ない学級が全国いたるところに存在するにもかかわらず、毎年莫大な教育予算が民間企業に流れている状況を、私たちはどのように理解したらよいのだろうか。
無駄なのはお金だけではない。いったいどれだけの貴重な授業時間がテストに浪費されているのだろうか。実際のテストに使われる授業時間はもちろんだが、テスト直前になると学校は対策に追われる。また、夏休みなどの長期休暇を短縮して補習を行う学校や、全国学力テスト直前の春休みに大量の宿題を課す学校も少なくない。
ちなみに、大阪府では府が独自に取り入れた「チャレンジテスト」という学力テストを行っているが、そのテストでは生徒個人だけでなく個々の中学校の偏差値までもが算出され、生徒たちが高校を受験する際の内申点に影響を及ぼす仕組みになっている。
つまり、偏差値の高い中学校の「3」という評価と、偏差値の低い学校の「3」とでは異なる価値として計算されるのだ。だからチャレンジテストでは、一部の生徒の成績が優秀でも成績の悪い生徒が多ければ、3年生全体の受験に悪影響が出てしまう。チャレンジテストが「団体戦」と呼ばれる所以である。
2016年に広島で行われた教育シンポジウムでは、大阪の教員が紹介したエピソードが会場をどよめかせた。チャレンジテスト前日、成績の悪い生徒が「明日は学校を休もうかな」と言ったら、それを聞いた周りの生徒たちから拍手が起きたというのだ。
なんというグロテスクな環境に子どもたちは閉じ込められているのだろうか。