吉村洋文大阪市長(現・大阪府知事)は、2019年度以降の全国学力テストの結果を校長や教員の人事評価、ボーナス、そして学校予算に反映させる“能力給制度”の導入を打ち出した。一聴すると、頑張っている教員に適正な評価を与えるポジティブな取り組みに思えなくもないが、教育研究者の鈴木大裕氏は大きな落とし穴があると指摘する。
ここでは、同氏の著書『崩壊する日本の公教育』(集英社新書)の一部を抜粋。能力給制度で教員へ報酬を与える致命的な欠陥について紹介する。(全2回の2回目/1回目を読む)
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日本の公教育の崩壊が大阪から始まる
教育を専門としない政治家らが、全国学力テストという教育に介入するツールを得たことで、「どうしたらより良い教育を全ての子どもたちに与えることができるか」という公教育の複雑な問題に対して、短く、単純で、間違った答えが教育行政に一気に流れ込むようになった。
都市部では、行政が各学校に「結果責任」を求め、各学校が自らの生存をかけて生徒を奪い合う「市場型」学校選択制を始める自治体も登場した(写真参照)。
2019年、大阪市は、国家戦略特区制度を活用し、全国初となる「公設民営学校」(税金で賄われ、運営は民間に委託される公立学校)、いわゆるチャータースクールも誕生した(写真参照)。
大阪府は、全国でも公立学校の統廃合を最も激しく進めてきた地域の一つだ。生徒が少ない学校はどんどん潰す一方で、税金を用いてエリート中高一貫校を創設する。
その意味で、大阪府立水都国際中学校・高等学校に見られるのは、教育予算の「選択と集中」であり、結果的に義務教育における公教育の市場化を加速させ、公教育民営化の突破口としての役割を果たしている。
こうして、全国学力テストの点数を「通貨」とする公教育の市場化の歯車が一気に回り始めた。「学力向上」の名の下に教育の数値化と標準化を行うことで、国家が全国の学校を遠隔評価し、監視、競争させる新自由主義的な教育統制が構築されていったのだ。
規制緩和によって学校別の成績開示が可能になったことで点数競争が加速し、政治家が教育委員会に、教育委員会が校長に、校長が教員に、そして教員が生徒に圧力をかけるという歪んだ結果責任の構造が生まれた。
その象徴ともいえる政策が、2018年に大阪で提案された。吉村洋文大阪市長(現・大阪府知事)が、2019年度以降の全国学力テストの結果を、校長や教員の人事評価やボーナス、そして学校予算に反映させるという、いわゆる「メリットペイ制度」(能力給制度)の導入を打ち出したのだ。