新刊『西洋の敗北』が話題のフランスの歴史人口学者・エマニュエル・トッド氏が、成田悠輔氏と対談。西洋と日本の対比を通して、世界の未来図を考察していく。(通訳 大野舞)

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ドイツに行くと、なぜか具合が悪くなる

 成田 トッドさんは日本に友好的なのが印象的です。見下しでもオリエンタリズム的賛美でもない。日本の家族構造に由来する日本の政治経済文化の威力と限界に人類史的視点から光を当てています。欧米諸国には手厳しく不都合な真実を語られる一方、日本にはむしろ都合のいい真実を語ってらっしゃる印象さえ受けます。日本に詳しいはずの日本人にとってこそ新鮮なはずです。日本人による日本に関する言説が適温で多角的な視点を失っているからです。一方に、技術革新・経済成長の蒸発や高齢化・人口減といったお馴染みの論点で自国の惨状に上から目線で批判や説教をする経営者や知識人がいます。他方に、隣国との緊張や移民の増加をネタに愛国心(という名の外国人嫌悪)を煽る運動や言説があります。この歪んだ二極以外の視点を見出すことが難しくなってしまっています。そこにトッドさんは外部から第三者的に、しかし独特の愛着ある日本への視点を示されている。

成田悠輔氏 Ⓒ文藝春秋

 トッド 日本で最初に出版された『新ヨーロッパ大全』の訳者で友人の石崎晴己氏によると、私の研究が日本で意義をもつのは、「日本人が西洋に対して自分を位置づけられるからだ」そうです。欧州では「日本は特殊な国」と思われてきましたが、「家族構造」を通して社会を見る私からすると、「直系家族のドイツと日本は同じ」で、「日本は共同体家族の中国よりもドイツに近い」のです。

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 研究の方法として、私は日本とドイツの比較を多用しています。両者の共通点と違いは非常に興味深い。直系家族の特徴として、社会が秩序化され、教育水準が高く、技術水準が高いという点は共通していますが、ドイツ文化特有の粗暴な露骨さと日本文化の奥ゆかしい繊細さは対照的です。ついでに言えば、講演で冗談を言うと、日本の聴衆は笑ってくれますが、ドイツの聴衆は黙ったまま。私はドイツに行くと、なぜか具合が悪くなるのですが(先々週もそうでした)、日本に行って具合が悪くなることはありません(笑)。

 成田 最初に日本に来られたのはいつでしょうか。

 トッド 1992年11月です。当時の西欧のメディアは、「日本は停滞している」「経済危機に直面している」と報じていましたが、私が実際に目にした日本は、とても豊かで街並みもきれいで、メディアの論調とのギャップをまず感じました。ただその後、15回以上、訪日する機会があり、数年前、東京から離れた地方都市を訪れた時には、シャッター通りを目にして人口減少の影響を感じました。

エマニュエル・トッド氏の新著『西洋の敗北

 30年前から一貫して私は、「日本の問題は経済問題ではなく人口問題だ」と指摘してきました。対外政策に関しては、「靖国問題」などに拘るより、プラグマティックに考えて「核兵器」を保有した方が「日本の安全と自立」につながるのではないか、と。日本の方々はこうした私の話に興味深そうに耳を傾けてくれます。ただこの30年間、日本が実際に行動に移すことはなかった。ヒロシマとナガサキを経験した日本にとって「核保有」がタブー視されることは理解できますが、「少子化問題」の深刻さは、30年前から日本でも認識はされていた。しかし、本気で解決しようという動きは起こらなかったのです。