24年1月1日には能登半島地震が起きた。同年8月8日には「南海トラフ地震臨時情報」が発表された。これらに「阪神」の教訓は活かされたのか。災害が多発する時代だけに、備えの必要性はますます高まっている。明日は我が身だ。

「阪神」の被害で特徴的だったのは倒壊棟数の多さだ。兵庫県のまとめでは、同県内で53万8767棟の住家が損壊し、うち10万4004棟が全壊だった。

「能登」でも倒壊戸数の多さが際立っていた。石川県の発表によると(24年9月17日時点)、同県内の住家損壊は8万5594棟、うち全壊は6046 棟に及ぶ。被害が特に酷かった同県輪島市では損壊した住家の22%が全壊だった。

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自動車が通る通路も完全にふさがれてしまった(輪島市)

 同市で取材すると、「この20年ほどに建てられた家は大丈夫だったが、あとは軒並みやられた」と話す人が多い。地元の大工らが指摘するのはベタ基礎の強さだ。地面を掘って鉄筋入りのコンクリートを構築し、その上に一体化させるようにして住家を建てる工法である。

「古くからの家を大切にして住んではいけないのか」という声も

 現在の耐震基準は宮城県沖地震(1978年)を機に81年に改定された。「新耐震基準」といい、震度6強から7でも倒壊しないことが目安にされた。その後の「阪神」を受けて、木造住宅でも地盤調査が義務づけられるなどした。ベタ基礎が増えた理由と見られる。「阪神」の教訓は確かに功を奏したと言える。

 だが、全壊が多かった地区で目立つのは、障子を取り外すと大広間にできる家の倒壊だ。冠婚葬祭で寄り合える昔ながらの家が今回の揺れには弱かった。当然、新耐震基準は満たしていない。新築家屋の耐震は強化されても、人々が実際に住んでいる家は壊滅的な被害に遭ったのだ。

「古くからの家を大切にして住んではいけないのか。そもそも能登半島では若い人が流出し、家を建て直す財力がない高齢者ばかりの地区が多くあります。安くて簡単に耐震力を上げる工夫こそ必要ではなかったか」と話す元自治会長がいた。