近年、北朝鮮の危機が最も叫ばれたのが1990年代半ばだった。1994年から1998年にかけ、災害に伴う大規模な食糧難が発生。1994年7月に金日成(キムイルソン)主席が死去し、欧米社会に「北朝鮮崩壊」を予測する声が高まった。金日成氏の後継者、金正日(ジヨンイル)総書記は軍がすべてに優先する「先軍政治」や市場経済の一部導入などを実施し、何とか危機を脱した。
今、金正日氏から代を継いだ金正恩(ジヨンウン)総書記と北朝鮮は「4つの敵」に苦しんでいる。いずれも、四半世紀前の危機を脱するために支払った対価と言えるものだ。
北朝鮮を苦しめる「4つの敵」
第1の敵は、四半世紀前と変わらない日米韓など自由主義諸国だが、それほど難敵とは言えないだろう。スウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によれば、北朝鮮は2024年1月時点で約50発の核弾頭を保有する。韓国を狙う戦術核ミサイルの発射訓練も繰り返している。冷戦時代の再来という僥倖にも恵まれた。中国は米国に対抗するカードとして北朝鮮の崩壊を望まないし、ウクライナに侵攻したロシアは北朝鮮から大量の砲弾を購入している。外圧によって北朝鮮が崩壊することはない。
それ以外の敵は厄介だ。第二の敵は「金主(トンチユ)」と呼ばれる新興富裕層だ。1990年代の「苦難の行軍」で、北朝鮮の配給制度が一部を除いて崩壊。金主たちは代わりに発達した市場で金を儲け、運輸や建設、漁業など様々な事業に進出している。
北朝鮮当局は、金主がロシアのオリガルヒのように政治に影響を与える事態を懸念している。2010年代後半から市場の営業時間や取扱品目に制限を加えたほか、2022年に各地に糧穀販売所を設置した。市価より若干安い値段でコメなどを販売し、市民の利用を奨励している。
この結果、山間部など流通網が弱い地域で餓死者を出したほか、北朝鮮の経済成長が鈍化する事態を招いた。今後も市場統制を強化すればするほど、市民の不満は高まるだろう。
第3の敵は「地方」だ。北朝鮮は建国以来、「革命の首都」と呼ぶ平壌の繁栄を第一に考えて来た。平壌市民には特別の「公民証」が発給され、地方の市民は許可証がなければ、平壌に入ることを許されない。地方の農産品や鉱物、水産物などはすべて国が収奪する。