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国に期待感もない代わりに忠誠心もない

 地方では、一生を生まれた場所で過ごす人も珍しくない。電気、水道、ガスなどが整備されておらず、文化的な生活は望めない。「自動ドア」「エスカレーター」「動く列車」を見たことがないという人も多い。地方では国に期待感もない代わりに忠誠心もない人が増えている。

 危機感を覚えた金正恩氏は2024年1月の朝鮮労働党政治局拡大会議で、1年間に20カ所の地方に新たな産業工場を建設する事業を10年間続ける「地方発展20×10政策」を決定。同年7月に中朝国境地帯で発生した大規模水害では、被災者1万5000人余りに、新たな住宅が建設されるまで平壌に滞在することを認めた。

 ただ、新たな産業工場が建設されても、原材料や工場を運転する電気や水、生産品を運ぶ交通網などの問題が解決されていない。被災者を一時的に救済しても、河川の整備や山林の緑地化など根本的な災害対策事業の見通しは立っていない。

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 そして、最も恐ろしい第4の敵は「若者」だ。苦難の行軍の後に生まれた人々は今、30代になろうとしている。配給という国の恩恵を知らずに育ったほか、中国や韓国などの影響を強く受けた人々だ。苦難の行軍では、人々は食料を求めて国内をさまよい、北朝鮮当局もそれを黙認した。中には中国まで足を延ばした人々もいて、中朝間の密貿易が増える一因を作った。若い世代の人々は、密貿易でもたらされた韓国や米国の音楽、映画、ドラマなどに親しんで育った。若い人々に、北朝鮮当局による「北朝鮮は地上の楽園」という宣伝文句は通じない。

パリ五輪、表彰台で韓国選手と自撮りする北朝鮮代表のリ・ジョンシク選手(一番左)とキム・グンヨン選手(右)©Imaginechina/時事通信フォト

韓国に飲み込まれるという恐怖感

 北朝鮮はこうした事態を憂慮し、様々な手を打ってきた。2020年に反動思想文化排撃法、2021年に青年教養保障法、2023年に平壌文化語保護法を立て続けに制定。米国や韓国などのドラマを視聴したり、広めたりする行為を処罰するほか、韓国の言葉や服装を真似ることも禁じた。

 また、韓国外交部は2023年12月、北朝鮮が在スペイン大使館など7つの在外公館を閉鎖した事実を明らかにした。外交官らが外国の情報や文化を北朝鮮に持ち帰る事態を憂慮した措置とみられる。

 そして2023年末、金正恩氏は韓国を「敵対的な二国家の関係」と位置づけ、平和統一政策を放棄した。韓国を敵と位置付けなければ、北朝鮮市民が韓国の影響を受け続け、いずれ韓国に飲み込まれるという恐怖感が背景にある。