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倉本選手と桃太郎

「ようちえんのおゆうぎかいで、ぼく……みんな『がんばれ』っていってくれたのに……」

「お遊戯会ではなにをやったの?」

「ももたろうさん。ぼく、ほんとうはももたろさんがよかったんだけど、なれなかったの」

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「残念だったね」

「ママにみてほしかったの、ぼくがおにたいじするところ。でもももたろさんになれなかったの」

「倉本選手は今ね、桃太郎さんになろうとしてがんばってる途中なんだよ」

「そうなの?」

「野球では、桃太郎さんの人、犬の人、きじの人、サルの人、鬼の人……みんな役が決まってるんだよ。桃太郎さんになりたくてもなれない人もいるし、犬の人になりたくてもなれない人もいる」

「ぼく、きびだんごのやくだったんだ」

「きびだんごがなかったら、桃太郎さんは鬼退治できないから、大事な役だ」

「そうか!」

「ひとつしかないその役になるために、倉本選手も……野球選手はみんな一生懸命練習しているんだよ。今テレビで倉本選手が見れない、その間もね」

「ぼくそのことママにおしえてあげる!」

「うん、ママもたぶん分かってる。きみが桃太郎になれなくて悔しかったこと、倉本が一軍登録抹消されて悔しいこと、わかってる。だけどママはきみじゃない、ママは倉本じゃない。自分はどうすることもできない」

「おうえんしても?」

「お友達に『がんばれ~』って言われたのに、きびだんごを頑張れなかった。そういうときもある」

「ママもがんばれないのかな」

「きみがママにかっこいい桃太郎さんを見てほしかったように、倉本選手もたくさんの応援してくれる人の前でヒットを打ちたいし、ママはきみのオムライスに『5』ってかいて大洋時代の石井琢朗応援歌を大声で歌いたいんだ、本当はね」

5月31日に登録を抹消された倉本寿彦 ©文藝春秋

ママがしてくれたこと

「ぼくがきびだんごちゃんとできなかったとき」

「うん」

「おこられるかとおもったの。でもママはなにもいわなかったんだ。ただ……」

「どうしたの?」

「ぎゅってしてくれた。『こうちゃんだいすき』って」

「すてきなママだね」

「ぼくもママがすき。げんきになってほしい」

「どうだろう。ママがきみにしてくれたみたいに、ママのことをぎゅってしてあげたら。ママは元気になるんじゃないかな」

「おとななのに?」

「おとなだからだよ」

「しらなかった」

「おじさんも……バッターボックスに立たなくなって分かったんだ。なぜあのときの『がんばれ』を素直に受け止められなかったのかなって。応援してくれる人がいるって、すごいことなんだって。でもその意味が本当にわかるのは、悲しいけど、バッターボックスを外れてからなのかもしれないな」

「ぼくよくわからないけど、ママのこともくらもとのことも、おじさんのこともおうえんする。おじさんとくらもとのことはぎゅってできないから……やっぱりおおきなこえで『がんばれ~』っていう」

「ありがとう。きっと倉本は聞こえてるよ。ママがオムライスにおまじないの『5』を書いてくれる日も、きっとくるから」

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