ウクライナ戦争が長期化する中、トランプ氏が再びアメリカの大統領に就任する意味とは――。『西洋の敗北 日本と世界に何が起きるのか』(文藝春秋刊)を上梓したフランスの歴史人口学者、エマニュエル・トッドが、2025年の世界を分析する。
「世界から尊敬されている」という西洋の自惚れ
――今回、出版された『西洋の敗北』はどんな本なのですか。なぜこの本を書いたのですか。
トッド 西洋の人々が「ロシアによるウクライナ侵攻」の意味をきちんと理解していない、と私は感じていました。
「ロシアが攻撃を仕掛けて西洋側が攻撃を受けた」と西洋の人々は見ていた。しかし、欧州やNATOがロシアに向かって東方に拡大していたことが、この戦争の背景にあります。ロシア人たちは「自分たちが攻撃を受けてきた」と感じているわけです。ですから、ロシア人たちは「自衛のための戦い」をしていると考えています。
私は西洋人のこうした思考のメカニズムに不安を感じ、本書によって「誤った現実認識」を訂正しようとしたのです。
本書では、実際に、欧州とNATOがロシアに向かって拡大していき、それをロシア人たちが「自分たちへの攻撃」と感じてきたことを描いていますが、本書のテーマは「西洋の虚偽意識」です。西洋がいかに間違ってきたのかを章ごとに追っています。
ロシアの実力を過小評価し、ウクライナ人の真の動機を見誤り、東欧諸国の反露感情を理解せず、自らが直面する「西洋の危機」、すなわちEUに訪れている危機、さらには最も根本的な危機である、米国社会が直面する長期にわたる危機を認識できていませんでした。
本書では、章ごとに世界中を見渡し、「西洋の虚偽意識」がいまやその頂点に達したことを描いています。つまり、「西洋は世界から尊敬されていて、西洋が世界を主導している」と西洋の人々は思い込んでいるわけですが、実は「その他の世界」は西洋に無関心で、むしろロシア側につき始めている、ということです。「大西洋」は自らが「世界全体」を支配していると誤って思い込んでいるのです。
「究極の要因」としてのプロテスタンティズムの崩壊
この戦争を分析して、ロシアが勝利するだろう、と私は確信したわけですが、本書の真のテーマは「ロシアの勝利」ではなく「西洋の敗北」です。すなわち「米国」を含む「アングロサクソン世界」の「内部崩壊」です。英国に対して残酷な章があります。米国には3つの章を費やして、いまやフィクションでしかない「米国の経済力」を始め、「米国のパワー」がいかに幻想でしかないのかを描いています。
そして、その衰退の「究極の要因」として、宗教的要素、すなわちプロテスタンティズムの崩壊を指摘しました。このプロテスタンティズムこそが、世界に君臨する英米を支えてきたのです。そのプロテスタンティズムが崩壊し、「宗教ゼロ状態」に至ることで、道徳面、教育面、知性面での「退行」が起こりましたが、こうした「退行」が、結果として、ウクライナ戦争での米国の「無力さ」「失敗」「敗北」に繋がっています。