米国は「米国覇権の崩壊」を受け入れられるか?
ただし現時点で、一つのリスクが残されています。最後のリスクとは、自らの「敗北」に直面した米国や一部の欧州諸国のリアクションです。今回の「敗北」は、米国がこれまで経験したことがないような「敗北」です。イラク、アフガニスタン、ベトナムで米国は敗北を経験しましたが、これによって「世界経済における米国覇権」を失ったわけでなく、劇的な事態にはなりませんでした。しかし、「ウクライナ戦争での敗北」は、単に「ウクライナ軍の敗北」を意味するのではありません。もっと核心的な部分での敗北、これまで経験したことのない「世界経済における敗北」、すなわち「経済制裁や金融支配によって世界に君臨してきた米国の覇権力が敗北すること」を意味するのです。
「米国覇権の崩壊」というリスクが現実にあるわけですが、これは米国にとっては非常に受け入れ難い。米国が敗北を受け入れられないことで、米国が戦争をさらにエスカレートさせ、より危険な事態に至るというリスクが生じています。いまロシア領内にミサイルが発射され、ロシアを挑発しています。欧州、中東、東アジアで緊張を高めて戦線を拡大する動きは、米国が敗北を受け入れないことによって生じているわけです。だからこそ、「何もしないこと」こそが喫緊の課題なのです。
鍵を握るドイツ
これは日本だけでなくドイツにも当てはまります。今後、とくにドイツがこの戦争にこれ以上、巻き込まれないことが重要になってきます。しかし、ここにもリスクがあります。ドイツには、合理的な考えの持ち主もそうでない人もいるからです。
いま私はドイツからのさまざまな情報をフォローしていて、次の総選挙の結果を不安を抱きながら待っています。ドイツ諸政党の動きを注視していますが、好戦主義的な意見もまだ根強くある。
この戦争が再び激化するかどうか、それによって核戦争のリスクが高まるかどうかに関して、鍵を握っているのはドイツなのです。
英訳されないことは「人生最大の知的成功」の一つ
――『西洋の敗北』は、日本も含めて21カ国で翻訳が決まっているのに、なぜか英語版は決まっていないようですね。このことを受け止めておられますか。
トッド 非常に興味深く思っています。通常、非英語圏の著者にとって、「英語に訳されること」は「成功の証」です。これよって「世界に存在する」ことになるからです。実際、私の最近の著作は、難解な本も含めてほぼすべて英訳されています。アメリカ・システムの衰退を指摘した『帝国以後』も英訳されていて、コロンビア大学出版局という由緒ある出版社から刊行されています。
これに対して今回の本は、誰もが興味をもつはずなのに、英訳されていません。私はこのことを「人生最大の知的成功」の一つだと考えています。英米の「アングロ・アメリカ世界」にとって、とても受け入れられない「真実」、広く知られてはならない「不都合な真実」をこの本が描いている、という意味においてです。もはや寛容さを失った「帝国」によって禁書扱いにされたわけです。英訳されないということが、むしろ本書の内容が非常に合理的で正確であることを証明している。ですから、この本の販売促進のためには、「帝国から発禁された書」といった帯を巻いたらよいと思います(笑)。(訳・文藝春秋編集部)
※このインタビューの動画は、「文藝春秋Plus」にて2025年1月上旬に配信予定です。
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