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『PRIZE―プライズ―』は欲望小説であり、お仕事小説でもある

―お仕事小説としても深いカルマを感じさせます。千紘の努力が認められカインが原稿を託したことに先輩編集者がやっかみ、おためごかしな心配をしたり、文芸誌の編集長には女性とのホテルでの関係を匂わせる脅迫メールが送られてきます。

村山 今作は欲望小説であり、お仕事小説でもあります。村山由佳の持ち味は大衆性だと思っているので、誰もついてこられないような地平に行くつもりはないんです。読んでから2、3日、この世界がずっと頭の中にあるな、と感じていただける小説が書ければ大満足です。

―カインと千紘が一つのところで作品を練り上げる関係性は、直接的な性愛表現がないにもかかわらず隠された淫靡さを感じました。そして天羽カインを思うあまり、千紘が伴走者としての編集者の一線を越える終幕は、一転二転どころか四転する怒涛の展開でした。『PRIZE』は今までの村山さんの作品世界が全てなだれ込んでいる印象です。

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村山 官能の場面をどのように入れるか、入れないかは、打ち合わせのときにも編集者と納得するまで話しました。官能を入れようと思えばもちろんできますが、最終的には、現実的な関係よりもっと深い部分で、2人が“感応”しあって生きているんだと思ったんです。これからは、今まで作り上げた表現を糧にして、作品に必要な取捨選択をしていくのだと思います。

「還暦を迎えたからといって頭の中は…」

―最近の暮らしについて教えてください。村山さんは今のパートナーとは3回目の結婚ですね。先ほど現在の生活は落ち着いているとおっしゃっていました。

村山 一緒に暮らして9年目に入ったのかな。おおむね落ち着いて幸せにやっています。従弟で幼なじみなので、大喧嘩をしても平気な感じ。以前だったら縁を切るつもりでないと口に出せなかったことでも、関係性に信頼があるので言えるようになりました。自分で言うのも恥ずかしいですけど、夫は初恋の相手が私だったということでとても大事にしてくれるので、寂しくないということが大きい。

 私の母と夫の父がきょうだいなんです。私は母に対して、自分をさらけ出したら弱みを握られるとおびえてきましたし、夫とその父の関係性も複雑でした。母に対する私の気持ちを説明抜きで分かってくれたのは、彼が初めてだったんです。母と娘の関係を小説で書いても、しばしば普遍的なテーマとして捉えられて、母と娘ってそういうもんだよねと言われてしまう。

 私は「この母」との特殊な関係性に傷ついてきたという部分を、誰にも分かってもらえなかった。それが、いかに特殊であったかを彼は分かってくれる。初めて救われたような気持ちで、毎日がカウンセリングのように普通に話ができるんです。とはいえ、還暦を迎えたからといって頭の中は10代とそう変わっていなくて。もっと枯れたり、楽になったりするのだと思っていましたよ。

 

―今後はどんなものをお書きになりますか。

村山 皆目見当がつかなくて。ただ、性愛については、現段階ではこれ以上極めてもあまり新しいものが出てこない気がしています。むしろ、こんな簡単な手では上がれないという麻雀の一翻(イーハン)縛りのように、官能を禁じ手として別のところで勝負する書き方のほうが、燃えるかもしれません。

文:内藤麻里子 写真:榎本麻美

●作中に登場する、北方謙三さんや馳星周さんを思わせる作家たちの逸話や、直木賞の選考について、また、村山さんの庭造りのエピソードなど、インタビュー全文は『週刊文春WOMAN2025創刊6周年記念号』でお読みいただけます。

PRIZE―プライズ―

村山 由佳
文藝春秋
2025年1月8日 発売

 

40代の作家天羽カインは作品は売れているものの、賞に縁がない。直木賞を求めて南十字書房の緒沢千紘と新作に取り組むが、2人の関係は暴走の兆しを見せる。ベテラン作家や文芸誌編集長など彼女たちを取り巻く文壇の人間らにも混乱は伝わり…。 

むらやまゆか/1964年7月東京都生まれ。1993年「天使の卵~エンジェルス・エッグ」で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2003年『星々の舟』で直木賞受賞。2009年『ダブル・ファンタジー』で柴田錬三郎賞、中央公論文芸賞、島清恋愛文学賞を受賞。2021年『風よ あらしよ』で吉川英治文学賞を受賞。