読みどおりのレース展開で優勝を勝ち取る
レースは、柏原の読みどおりに動いた。1回抜いたあと、下りで三輪に追いつかれて、20・82キロメートル地点で抜かれた。下りは無理せずついていき、元箱根の平地での勝負に切り替えた。前半からハイペースで入っていたので、足がもう限界だったのだ。
「元箱根の平地では、『ここで引いたらダメだ』と思っていました。三輪さんを抜き返してからは、いっさい、後ろを振り向かなかったです。それをすると三輪さんに『こいつ、不安なんだな』と思われて、気持ちを回復させてしまうからです」
歯を食いしばり、必死の形相で走り続けた。最後の直線に入ると、視界がパっと開け、まぶしかった。大鳥居をくぐってからはほぼ日陰だが、ここに出ると太陽に照らされ、しかも道路が白いので一気に明るくなる。
大歓声の花道を駆け抜け、ゴールラインの先に仲間が待っているのが見えた。
「やっと終わる」
そう思い、ホッとした。ガッツポーズでゴールテープを切り、東洋大学初の往路優勝を実現した。
今井さんが見ていた景色を見ることができた
ゴールしたとき、自分の時計を止めたら77分と出ていたので、「あっ、77分台だ」と驚いた。だが、どこかで自分が時計を止めていた可能性があるので、信じていなかった。様子を心配して見にきた佐藤監督代行から、
「いやーおまえ、77分台出ちゃったよ。びっくりだよ」
と言われ、それを聞いたとき、「ああ良かった」と嬉しさがこみ上げてきた。
「やったと思いましたね。でも、この結果で、自分が今井さんを超えたという意識はなかったです。今井さんと一緒に走っていたら、どういうことが起こったんだろうって思いましたが。ただ、今井さんが見ていた景色を見ることができたのは嬉しかった。こういうことだったのかと思いました」
ひとつひとつのシーンは、あまり覚えていなかった。鮮明に残っているのは、小田原中継所だけだった。思い返せばレースは、すべて苦しかった。宮ノ下から小涌園までの坂を始め、最高到達地点からの下りなど、苦しくないシーンはひとつもなかった。
「突っ込んで入ったまま最後まで行ったので、本当にきつかった。でも、優勝できて良かったです。それで報われたと思いました。1年目は、実力というよりいろんな運が重なって勝てたんだと思います。ただ、あえてひとつ結果を出せた要因があるとすれば、5区を走った誰よりも勝ちたいという気持ちが強かった。それは自信をもって言えます」
初めての箱根駅伝で、柏原は区間新記録で総合優勝に貢献した。