破天荒すぎる人物たちを弁護するような気持で
――物語の中では秘仏開帳に関わった主な人物として、教科書でも知られるフェノロサと岡倉天心(覚三)、当時宮内省図書頭だった九鬼隆一、後の東京国立博物館初代館長となる町田久成、夏目漱石を撮影した有名な写真師・小川一真らが登場します。それぞれ驚くほど破天荒なエピソードの持ち主でしたね(笑)。
永井 そこはすごく書くのが難しかったです。特に岡倉天心については、女性読者の方には絶対に共感してもらえない……。実際に側にいたら大変、困った人物なのですが、作者として愛情を込めて書くことだけは決めておこう。この人にはこの人なりの筋があるということを忘れずに書こうとしたものの、それはものすごい難しい弁護団のような気持でした(笑)。
天心は長年の妻がありながら、義姉の娘(姪)を妊娠させて自殺未遂に追い込み、上司ともいえる九鬼隆一の妻・波津子とも長年不倫関係を続けます。が、女遊びのひどさは九鬼も同様で、波津子の妊娠中に女中に手を出したり、現代でいえばモラハラとしか思えない行動で、完全に人権を無視している。九鬼と天心の失脚の原因となった波津子を、ファム・ファタール(悪女)として捉える見方もありますが、私は彼女がメンタルを病んでも仕方がない状況だったと思います。
それに比べるとアメリカに戻って不遇な境遇下、同じ志をもつ女性と恋に落ちてしまい、結果、地位も妻も友人も捨てたフェノロサは「ああ、これは聞いたことある」というパターンでしょうか(笑)。ただ、奥さんにとっては大迷惑ですが……。町田久成は芸者さんの持つ琴を手に入れるために、その芸者を落籍して琴のみもらい受け、あとはその身を自由にしたという逸話が残っていて、かなりストイックかと考えていたんですが、自分が出家する時に、妻も一緒に出家させてしまったり、やはり一筋縄ではいかない人物でしたね。
町田の影響で、フェノロサと彼の友人で大資産家のビゲローは、三井寺(園城寺)子院・法明院の桜井敬徳師から戒を授けられ、三人のお墓は実は三井寺にあります。こちらの墓所を実際に訪ねたのですが、山門で訊ねても今では訪れる人もいないようで、鬱蒼とした樹々に囲まれた奥の方にひっそりお墓がありました。彼らが法隆寺の文化を守ろうとしたのは、たかだか150年前ですが、そこで守られたのは1000年以上前から繋がってきたものです。それを現代に伝える物語を書いたことで、これからさらに1000年先まで受け継いでいくバトンをもらったような気もしています。