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グローバルな時代だからこそ時代を考える

永井 今、私たちはグローバル化の流れの中で、インバウンドを受け入れて、日本文化を知ってもらいたいということを、積極的にやっています。そんなことを問うのは無粋かもしれませんが、それが正解か不正解かはまだ分かりません。価値観っていうのは絶えず変わっていく。日本はこれまで秘する文化というのが伝統的にあったように思いますが、それも変わりつつあります。たとえば門外不出でどんどん廃れていく地方文化を、たまたま思い付きでインスタに上げたら、海外の人たちからすごくアクセスが増えて、伝統芸能や工芸品が持ち直したというような話を聞いたこともあります。

 おそらく、明治時代に法隆寺の住職に就いた千早定朝が、秘仏の扉を開くことを認め、宝物を国に献納するという決断をした「開いて、守る」行為もそれと同じで、この作品を書き終えてからも、改めてまちがったものではなかったと思います。さらに言えば、当時の日本は開国して海外と繋がることで、自分の国を守ることに繋げようとした――こうして時代というのは、大きく変化していくのではないでしょうか。

 明治期以降の文化の変化というものは、私のこれからの小説でも変わらないテーマになるだろうし、江戸やその前の時代も面白いし、変わらず関心はあります。ただ、人間が想像できる範囲のノスタルジーって、100年ちょっとに及ぶものなんじゃないかと、最近、思ってもいて……。私たちの祖父母が江戸を好きだったとすれば、今の人たちはそれと同じように明治30年~40年頃のカルチャーを、レトロモダンなものとして憧れを持っているような気がします。

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 この時代でいちばんネックなのは、女性の活躍の可動域がかなり狭まってしまうことですけど、そこで頑張って権利を獲得した人や、障害を跳ね除けて活躍した女性たちの資料も、だいぶ出てきています。大同生命の創始者の広岡浅子さんや、『虎に翼』のモデルとなった三淵嘉子さんの出てきたのも明治末期以降です。この時代を扱いながらエンターテイメント性ある、今の読者に共感をもってもらえる小説をこれからも書いていきたいですね。

 

永井紗耶子(ながい・さやこ)
1977年、静岡県生まれ神奈川県育ち。慶應義塾大学文学部卒業。新聞記者、フリーランスライターを経て、2010年、「絡繰り心中」で小学館文庫小説賞を受賞しデビュー。20年、『商う狼 江戸商人 杉本茂十郎』で本屋が選ぶ時代小説大賞、新田次郎文学賞を受賞。22年、『女人入眼』が第167回直木三十五賞候補。23年、『木挽町のあだ討ち』で第36回山本周五郎賞、第169回直木三十五賞受賞。他の著書に『横濱王』『きらん風月』など多数。

秘仏の扉

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永井 紗耶子

文藝春秋

2025年1月8日 発売