約30年遅れてできた「もうひとつの伊丹駅」が町を変えていく

 と、そんな時空を超えた旅をして、JR伊丹駅である。ふたつの伊丹駅のうち、先にできたのはJR伊丹駅。1893年に摂津鉄道の駅として開業した。阪急伊丹駅はそれよりだいぶ遅れて1920年の開業だ。ただし、現在のようなベッドタウンとしての伊丹に発展する契機となったのは遅れて登場した阪急伊丹駅の存在であった。

©鼠入昌史

 阪急伊丹駅を中心に、旧来からの市街地が拡大するように町が成長してゆく。1958年に大阪国際空港が大阪空港として開港したことも一助として、1960年代以降は急速にベッドタウン化が進んでいった。

 1995年には、阪神・淡路大震災で阪急伊丹駅が倒壊、周辺の商業施設なども含めて町全体が大きな被害を受けている。現在の阪急伊丹駅は、1998年に再建されたものだ。

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 ともあれ、伊丹の町は、古くからの酒造りの町にはじまり、阪急電車の登場によってベッドタウン化がスタート。そこに“空港の町”としての一面が加わって、現在の20万都市が完成したのである。

©鼠入昌史

 そういうわけで、「伊丹」といいながらもふたつの伊丹駅を中心とする市街地と、伊丹空港はまったくといっていいほど別の場所にある。ふたつの伊丹駅前からも空港に向かうバスが出ていることは出ている。

©鼠入昌史

 とはいえ、伊丹の市街地を歩いていて、ここが空港の町だということを意識させられることはほとんどない。せいぜい、JR伊丹駅からイオンモールに向かう陸橋の上から、イオンのさらに東側に離着陸する飛行機が小さく見えるくらいだ。

 ちょうど伊丹空港は南北に滑走路があるから、その西側の伊丹市街地の上空を飛行機が飛ぶことはない。そうした事情も、伊丹の町の“空港感のなさ”につながっているのだろうか。

南北にのびる滑走路 ©文藝春秋

 それにしても、伊丹空港に行こうと思ったら間違えて伊丹駅にやってきて、あれれ飛行機がいないぞ、と途方に暮れた、などという人の話は聞いたことがない。

 青梅と青海を間違えるくらいで話題になるのだから、伊丹空港と伊丹駅を間違えたらさぞかしバズりそうなものを。ということは、ひと昔前はともかく、いまどきそんな間違いを犯す人はいない、ということなのでしょうか……。

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