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「アルト」で大逆転

 ――排ガス規制の余波が残るなかでの社長就任となりましたが、翌79年に発売された初代アルトが爆発的な大ヒットとなり、スズキは軽自動車のトップメーカーとなりました。アルトはその後もモデルチェンジを繰り返し、昨年には9代目が発売されました。やはり鈴木さんにとって、一番思い入れのあるクルマでしょうか。

 鈴木 実は、私が社長に就任した時には、新型車の開発はかなり進んでいて、年内には発表できる段階にまで来ていました。ところが、開発中の実車を見ても、いまひとつピンとこず、ありふれた車としか思えませんでした。

 当時は軽自動車そのものの売れ行きが大きく落ち込んでいる時代でした。値段の安い軽自動車は、日本が高度経済成長期に差し掛かった60年代には大きく伸びましたが、その終盤からは売れ行きが鈍り始めていました。さらに、新しい排ガス規制に対応する新型エンジンの開発に失敗したことで、スズキは会社全体が打ちひしがれて、社員たちはすっかり自信をなくしていました。

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 ここで軽自動車の退潮に歯止めをかけなければ、スズキという企業が消えてしまうかもしれない。そう思うと中途半端な商品を発表するわけにはいきません。そこでアルトの発売を1年延期し、内容を徹底的に見直すことにしたんです。

©文藝春秋

 ――具体的には、何を変えられたのでしょうか。

 鈴木 まずは、今でいうマーケット調査をやりました。うちの工場に出掛けて、従業員の車を眺めていた。すると、軽トラックで出勤してくる従業員が何人もいたんです。

「なんで軽トラックで通勤しているんだ」と質問すると、奥さんが小売業をやっていたり、「半工半農」で兼業農家をしている従業員が多かった。休みの日は奥さんの仕入れを手伝ったり、野菜を市場に出荷しなければならないのです。軽トラックと乗用車の2台持ちはできないから、使い勝手がよい軽トラックのほうを選ぶのだということでした。「本当は軽トラックで通勤したくはないんだけど、あんた、乗用車を買える給料をくれないじゃないか(笑)」なんて言われましたね(笑)。

(聞き手・篠原文也)