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 およそ3分の2まで撮影がおわり、あと少し撮って現像しようというところで、制作資金がショート。フィルムや現像代が高価な時代で、学生のバイト代でなんとかできる額ではありませんでした。結局撮影は頓挫して、作品はお蔵入り。僕の不甲斐なさが招いた結果でした。僕にとって初めての大きな挫折で、これを機に僕は映画監督になる道を完全に諦めて、役者の道に進んだのです。

 それが約40年の時を経て、再びメガホンを取ることになった。「じゃあ俺、監督やろうかな」と呟いた時に僕の心の中にあったのは、「封印したあの時の夢に、もう一度挑戦してもいいんじゃないか」という想いでした。

かつてのバイト先の制服に身を包んだ 甲本氏(右)と松重氏 Ⓒ2025「劇映画 孤独のグルメ」製作委員会

下北沢時代の「腹減った!」

 還暦を迎えたことで、人生の大きな節目にさしかかったんだな、という自覚はありました。でも、そこで人生をリセットする必要はなくて、20歳の頃に戻って、再スタートしてもいいんじゃないか。だって、これまで培ってきた経験や人脈を持ったまま20歳に戻ることができたなら、それはものすごいことじゃないですか。もちろん全てがうまくいくわけではないかもしれませんが、夢を取り戻す大博打を打つことに決めたのです。

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 だからこそ映画の主題歌は、あの時申し訳ないことをしたヒロトにお願いしたいと、当初から考えていました。今回、ヒロトが快く僕の願いを引き受けてくれて、「空腹と俺」という、映画にピッタリの曲を作ってくれました。かたちは違うけれど、40年越しにまた一緒に映画をつくることができて、本当に感慨深い。しかも、この曲の歌詞「腹減った!」は、下北沢で将来を夢見ていた僕たちがしょっちゅう口にしていた言葉でした。

※本記事の全文(約3700文字)は「文藝春秋」2025年2月号と「文藝春秋 電子版」に掲載されています(松重豊「甲本ヒロトと40年越しの大博打」)。さらに、松重豊氏のグラビア「日本の顔」も同時掲載されています。