言葉を発さず伝える西野七瀬の表現力
驚かされたのは、こうした映画の構造がCGやAIといった新しい映像テクノロジーによってもたらされたのではなく、繊細で丁寧な脚本とカット割りの演出、そして俳優の演技という半世紀前から変わらないヒューマンスキルによって達成されていることである。それはいわば接着剤を使わず、繊細な手技とバランス感覚のみを頼りに、トランプのカードで高い塔を組み上げるような繊細な作業だ。
映画全編を通じ、愛する人の喪失と虚無に揺れる主人公を演じた坂東龍汰の演技が素晴らしいのは言うまでもない(彼自身が実母と幼い頃に死別した経験があるということを鑑賞の後で知った)。南果歩、岡田義徳、津田寛治といった俳優たちもその実力で映画のリアリティを見事に支えている。だが、なんといってもこの映画を見終えた観客の心に残るのは、中盤以降に再登場する柏原美紀を演じる西野七瀬の鮮烈な表現力ではないだろうか。
詳細を書くことは控えるが、序盤でこの世を去り、中盤以降に再び主人公の前に現れる美紀は言葉を発さない。何よりも愛する人を求める主人公のすぐそばに立つようで、それでいて決して手の届かない美紀は、この世のものでないような美しさでスクリーンに映る。序盤であえて描かれた「愛する人を失った現実の日常の耐え難い醜さ」は、中盤以降に登場する美紀の「彼岸の美しさ」と鮮明に対比されるためにあったことがわかる。
だが西野七瀬による「彼岸の美紀」の表現が素晴らしいのは、国民的アイドルグループの中でも最も人気のある1人だった彼女の美しさだけが理由ではない。
乃木坂46時代「MVクイーン」だった理由
日本のアイドル史で絶頂を極めたと言ってもいい動員数を誇る乃木坂46に在籍し、最も多くセンターをつとめた西野七瀬は、グループのミュージックビデオにおいても「MVクイーン」だった。柳沢翔監督が演出し、アイドルMVの歴史に残る傑作と名高い『サヨナラの意味』をはじめ、多くの監督が西野七瀬を中心にMVを撮影してきた。
西野七瀬が在籍した時代の同グループには、「女性がなりたい顔」ランキングの常連である白石麻衣、ドイツ生まれで才能に恵まれた生田絵梨花ら綺羅星のごとくスターがいいた。その中で、西野七瀬は、必ずしも美貌や歌唱力でナンバーワンだったわけではない。それでも多くの監督が魅入られるように西野七瀬を中心におかずにはいられなかったのは、彼女のたたずまいや眼差しに物語を喚起する謎めいた魅力があったからだ。
内向的で声も大きくない彼女が、ステージやカメラの前である瞬間、スポーツ選手が「ゾーンに入る」と呼ぶような、自意識を振り切った輝きの表現を見せる。その2つの顔の落差が西野七瀬の魅力でもあった。
アイドルたちのグループ卒業後の進路はさまざまだが、西野七瀬が女優として演技の方向に進んだのは、そうしたMVでの輝きを知る多くのファンが納得するところだったろう。多くの人気作品、人気ドラマに出演し、在日コリアンの姉役を演じた『孤狼の血 LEVEL2』の演技で第45回日本アカデミー賞 優秀助演女優賞・新人俳優賞を受賞するなど、その活動は順調と言っていい。