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「筒井先生の描く狂気が、読者や僕たちの想像力によって、いろんな妄想をより過激にかきたてるわけです。その狂気を十全に理解して、儀助を詰めていく信子の姿を、黒沢あすかさんが演じておられた。とくにふたりが浴槽に入りながら、儀助の甘えを突いていく芝居は、対峙しているこちらも“役者をやっていてよかったな”と思うところでした。黒沢さんに限らず、みなさん黙々と監督の要求に応えてくださって、監督もうれしかったんじゃないですか?(笑)」

ⓒ1998 筒井康隆/新潮社 ⓒ2023 TEKINOMIKATA

映画『敵』によって自分も復讐された?

 ちなみに、その吉田監督とはテーマについて議論することはほとんどなかったという。

「ただ、監督とふたりでシナリオの読み合わせは何度もやりました。監督も俳優さんでもあるので、儀助以外の台詞を読んでもらうかたちで、僕の家や会議室、いろんな場所で読み合わせをしてね。結局、テーマがどうこうを話し合うより、シナリオを読むことがいちばん役に立つんですよ。頭のなかにあるイメージのかけらを、シナリオにある生の言葉で埋めていくと、わかっていくことがあるんです」

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 この物語は、儀助の見た、感じた、考えたものが物語を動かしていく。なので、長塚はほとんど画面に出ずっぱりである。

ⓒ1998 筒井康隆/新潮社 ⓒ2023 TEKINOMIKATA

「こんなに始めから終わりまで映っている話ってあまりないので、楽しかったですよ。でもね、相当疲れるものですよ。やっぱりキャメラに映されると魂を取られる(笑)。加えてまあ、なんていうかな、キャメラは嘘を暴くんです。……いや、もともと演じるということ自体が嘘なんですよ? ただ、役者がキャメラの前に存在することの嘘を暴かれてはいけない。そのために、それはもう大変な嘘の塗り固めが必要となる。だから疲れるんです」

『パリの中国人』(74年)からキャリアが50年を超えた長塚は、言葉と裏腹に、にこやかに語る。

「だいたい、嫌でも自分がどういうふうにスクリーンに映るのかが、もうわかるんですよ。だから……あとはご覧になった方々が、どう感じてくださるか、だけです」

 作品が描いた狂気は、2024年(第37回)の東京国際映画祭で観客に衝撃を与えた。同映画祭では東京グランプリ、最優秀監督賞、最優秀男優賞と3つの賞を獲得している。

「僕自身、新鮮な体験をしたシーンも多かったし……まあ、僕もこの作品で復讐されたのかもしれないなあ(笑)」

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