キャリアを積み重ねた名優が最新主演作に選んだのは筒井康隆原作の『敵』(1月17日公開)。公開中の新作に込めた思いとは……。
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主人公が過去に復讐されている──イーストウッドの『許されざる者』に近い感覚
主人公はかつて大学でフランス文学の教授をしていた、渡辺儀助という75歳の男。妻にも先立たれた今、ひとりこだわりの料理を作り、蓄えを逆算しながら、たまに講演をしたり、教え子のいる雑誌にエッセイを書いたりしながら悠々自適の暮らしをしている。そんな儀助の眼に飛び込んできたのは、パソコンのモニタに映った「敵がやって来る」というメッセージ。そこから、少しずつ彼の平穏な生活が狂い始める……。
筒井康隆の小説『敵』は、老いという、人間ならば避けられない運命を抱えた主人公の意識を描く物語だ。筒井が「映像化は不可能」だと語っていたこの小説を、吉田大八監督が見事に映画化してみせた。
主演の長塚京三は、吉田監督からオファーを受けたときのことを語る。
「監督から僕で『敵』を撮りたいというので脚本をいただいたんです。極端に僕流になっているわけではなかったけれど、だいぶ僕に当て込んだ脚本になっていた。それならば、やらせていただきましょう、と」
原作を読んだ長塚が感じたのは、「敵」という言葉の巧妙さだったという。
「なるほど、言い得て妙だな、と。今まで味方だと信じていたものがことごとく敵に回るという感覚……復讐譚というのは少しおかしいかもしれないけれど、クリント・イーストウッド監督の『許されざる者』(92年)における馬みたいな感覚なのかな、と」
『許されざる者』の主人公・ビル(イーストウッド)は、亡妻と出会うまで非道な賞金稼ぎだった。時は過ぎ、再び賞金稼ぎの仕事に誘われたビルは、久しぶりに馬に乗ろうとするが、なかなか乗ることができない。その情けない姿を見ている子どもたちに、ビルは“この馬も、向こうにいる豚も、父さんに罰を与えている”と語る。
「自分がかつて馬をひどい目に遭わせたことがあるという自覚がある。だからこいつは俺に報復しているんだ、俺を乗せまいとしているんだ──というシーン。主人公が過去に復讐されているという意味で、このイメージが儀助の立場に似ているかな、と思ったんです」
西部劇好きの長塚らしい“たとえ”である。