「毎年、何万人もの行方不明者が出ることは知っているか。お前もその一人にしてやる。男の場合は暴力でボコボコにするんだが、女の場合はこうするんだ」
歯向かう男性は暴力で、女性はレイプで支配していた、東京都のとある芸能事務所…。当初、被害者の多くがその被害内容を沈黙していた理由とは? 2017年に東京都で起きた事件を、前後編に分けてお届け。なおプライバシー保護の観点から本稿の登場人物はすべて仮名である。(全2回の1回目/後編を読む)
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詐欺横行の芸能事務所をやめようとすると…
被害者の一人であるA子さん(当時24)は、ホームページで芸能事務所が求人を募集しているのを見つけて応募した。A子さんは以前に芸能事務所のマネージャーとして働いたことがあり、自分が発掘したタレントとともにのし上がっていくという“夢”をあきらめきれずにいた。
「仕事はタレント募集業務の手伝いです。オーディションの審査にも参加してもらいます。固定給はなく、タレントが事務所と契約した時点で2万円が入るという完全歩合制です」
A子さんは派遣社員として登録していたので、「それでも構いません」と了承した。だが、勤務して早々、同社のインチキぶりに気付いた。架空の映画キャストの出演者を募集し、一度落とした上で、見込みがありそうな人に再度メールで連絡し、「あなたにお勧めしたい芸能事務所がある」と言って、自分たちの芸能事務所の所属タレントになるように説得するのだ。
こうしてレッスン料などの名目で金を巻き上げる。A子さんはこうした詐欺行為の手伝いなどできないと思い立ち、「やめさせてほしい」と申し出た。
「何でやめたいんだ?」
それまで優しかった男性スタッフが急に冷たい態度になった。それでもA子さんは本当の理由を言わなかった。
「どっちにしろ、オレたちじゃ決められん。社長に言ってもらうしかないな」
社長の小林秀樹(当時33)は体が大きくて威圧感があり、髪をオールバックにして、いかにも業界人という雰囲気があった。A子さんは小林のもとに連れて行かれ、事務所のテーブルをはさんで、小林と向き合った。
「入ったばかりなのに、なぜやめたいんだ?」
「いや…。男性スタッフしかいないし、完全歩合制というのも厳しくて、他の仕事を探したいんです」
小林は納得せず、あの手この手で残留を持ち掛けたが、A子さんが「これ以上はできません」と頑ななので、態度を急変させた。
小林は事務所にいたスタッフを追い出し、カギをかけた。部屋の中には小林とA子さんの2人だけになった。小林は煙草に火をつけ、ブラインドも下ろした。
(これから何をされるんだろう…)