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一人の女性を身請けするために、これほどの金額をポンッと払えた鳥山検校とは、いったい何者なのか。一言でいえば盲目の高利貸しだが、じつは当時、盲目の金持ちが吉原に次々とやってきては高級遊女を買い上げ、世間を騒がせていた。

このころ幕府が、盲人保護の一環として「座頭」と呼ばれた盲目の人たちに、高利での貸し付け(「座頭金」と呼ばれた)を許したからだった。結果、彼らの多くが盲人の伝統的職業であったあんまや鍼術で得た金を元手に高利貸しをいそしみ、利益を上げては吉原で遊ぶことになったのである。

こうして五代目瀬川は、吉原からの落籍(身請け金を支払ってもらって自由になること)を果たした。この鳥山検校なる男、その後もかなり豪勢な生活を送ったと伝わるが、瀬川を身請けしてから3年後の安永7年(1778)に没落する。この年、悪辣な高利貸しが摘発され、鳥山検校も全財産を没収されたうえで江戸から追放されてしまった。

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花の井の最後

その後の五代目瀬川については定かではない。没年もわからないが、武士の妻になった、あるいは大工の妻になった、という話が一部に記されている。

五代目瀬川の名がいまに伝わったのは、高額での身請けが話題を呼んだのに加え、戯作者の田螺金魚(たにし・きんぎょ)によって、彼女のエピソードが脚色されたからでもある。安永7年(1778)に刊行された洒落本(遊郭での遊女と客の駆け引きなどを描写した戯作文学)の『契情買(けいせいかい)虎ノ巻』で、田螺は鳥山検校による五代目瀬川身請けを題材に、空想をめぐらせてエピソードをつくり上げた。

小芝風花の演技がすばらしいだけに、「べらぼう」の花の井には、『契情買虎ノ巻』を上回るすばらしい描写で、花の井をリアルに描いてほしいと願わずにいられない。

香原 斗志(かはら・とし)
歴史評論家、音楽評論家
神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。日本中世史、近世史が中心だが守備範囲は広い。著書に『お城の値打ち』(新潮新書)、 『カラー版 東京で見つける江戸』(平凡社新書)。ヨーロッパの音楽、美術、建築にも精通し、オペラをはじめとするクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』、『魅惑のオペラ歌手50 歌声のカタログ』(ともにアルテスパブリッシング)など。