「どんな色ですか?」「あ、赤です」「柄とか、何か模様とかありますか?」「……」
ときにはこんな会話が繰り広げられることも。警察官も被害者女性も困惑してしまう「パンティー泥棒事件」の悩ましさを、元警察官の肩書を持つ安沼保夫氏の新刊『警察官のこのこ日記――本日、花金チャンス、職務質問、任意でご協力お願いします』(三五館シンシャ)より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目/最初から読む)
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勃発「パンティー泥棒事件」
警察学校への再入校が終わると、ようやく一人前と認められるようになる。それまではいつも神宮司(筆者の先輩の巡査長)と一緒だった午後の警らも単独で可能だ。
「警ら、行ってきます」と浦口(筆者の上司の巡査部長)に告げて、自転車で出発。警らの目的は基本的には職質検挙であるものの、晴れわたる空のもと、鼻歌を歌わずにはいられない。
110番通報にも単独で臨場できる。ケンカや大きな事故には複数での臨場が原則だが、駐車の苦情、騒音の苦情、交通物件事故、酔っ払いの寝込み、迷い老人の確保などなどは1人での対応となる。
真夏の夜8時すぎ、ひとり暮らしの女性宅で侵入窃盗との110番があり、単独で現場に向かった。
真新しいアパート2階にある一室のチャイムを押すと、チェーンロックを解除する音が聞こえて、30歳前後と思われる小柄な女性が部屋に迎え入れてくれた。
女性によると、朝出勤前にベランダに洗濯物を干していったのだが、夜帰宅して取り込んだところ、下着だけ盗られていることに気づいたという。
現場を確認すると、どうやら1階の駐車場に停めてあったバンを足がかりにベランダに侵入し、室内には入らず下着だけ盗って立ち去ったらしい。物静かな女性で終始落ち着いて説明してくれたものの、不安げだ。ベランダとはいえ、ひとり暮らしの家に知らぬ人間が足を踏み入れたと思えば、心配になるのも無理はない。
被害品を確認しながら被害届を作成する。被害者と雑談や談笑する警察官もいるらしいが、私は余計なことは言わないようにしていた。「たいした被害じゃなくてよかったですね」と言った警官がいたらしく、署にクレームが寄せられ、係長から「言動には気をつけろ」と指示を受けていたからだ。
「なくなっているものは、ほかに何かありませんか?」