月刊文藝春秋で「『保守』と『リベラル』のための教科書」を連載している文芸評論家の浜崎洋介氏と評論家の與那覇潤氏。アメリカ大統領選から「リベラル」の現在の傾向について分析した。
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トランプが勝って「ほっとした」
與那覇 浜崎さんとは、本誌の読書欄で連載〈「保守」と「リベラル」のための教科書〉を持っています。しかし、そこでリベラルを担当している僕でさえ、今回ばかりはトランプが勝って実はほっとしました。
浜崎 え、そうなんですか。トランプ勝利を寿ぐ人が、リベラルにいるとは思っていませんでした(笑)。
與那覇 保守に寝返ったわけではなくて(笑)、対抗馬のカマラ・ハリスの選ばれ方が本当にダメだった。あれで勝たせたら、逆にリベラルを堕落させると強く危惧したのです。
そもそも高齢のバイデン大統領は1期かぎりで、「再選はめざさずに譲る」想定でハリスを副大統領にしたはずでしょう。しかし彼女は仕事ができず、評判が悪いので、「勝つためには自分でないと」としてバイデンが出馬せざるを得なくなった。
ところが会話も苦しい状態のバイデンが、テレビ討論でトランプに大敗すると、手のひら返しで「勝つためには他の人で」となり、急遽ハリスが民主党の候補になった。
驚くのはその後、ダメだとわかっているはずのハリスをリベラル派が持ち上げたことですよ。しかも、勝負の懸かった米国の民主党員ならともかく、日本の識者がそれをやる。
他にいないので「嘘でもいいからハリスに期待しよう」といった“希望の切り下げ”を続ければ、最後は「トランプでなければ誰でもいい」となってしまう。これでは民主主義が質を問わないものになり、“社会の底”が抜けてしまいます。
浜崎 いまの米国の民主党を見ていたって、「リベラルを擁護する」と言っても、「誰の何の自由を擁護しているのか」が全く分かりませんね。
與那覇 トランプなる「敵」と戦うぞという以外に、内実がない。同じ傾向は、安倍長期政権を経た日本のリベラル派により顕著です。
保守派が政権を独占すると、打算的な人はみんな「僕は保守です」と名乗るでしょう。結果としてリベラル派は、「リベラルを名乗ってくれるだけでいい」といった空気になり、識者の質を問わなくなりました。
芸能人がSNSにちょっと“意識の高い”投稿をしたら、「この人はリベラル!」みたいに群がるとか。そこまで空疎な記号になってしまった。