1年も放置された血痕は赤いのか? 黒いのか?
この日、坂本は秀子さんにぜひとも聞いてみたいことがあった。
今回、静岡地裁は袴田さんが死刑判決に至った過程で捜査機関による証拠の捏造があったことを認定した。
警察は事件から1年以上たってから味噌工場のタンク内から、大量の血が付いた「5点の衣類」が発見されたと報告し、翌日、刑事が袴田さんの実家を家宅捜索してその衣類のとも布を発見するのである。この時、刑事は「タンスの一番上の引き出しを調べろ」と指示し、そこを開けると家族も知らない布が入っていたという。
袴田さんに自白を強要した検察は当初、犯行着衣はパジャマと冒頭陳述で述べていた。しかしその後、あらためてこの血染めの「5点の衣類」を(唯一の)物的証拠の発見として発表した。
衣服が発見されたとき、獄中にいた袴田さんは警察の意図を見抜き、秀子さんに書いた手紙に「端布等、私のものではない」「前代未聞の権力犯罪が未だに生きている」と記している。
付着した血痕は、衣類が1年以上も味噌に漬かっていたにも関わらず、つい最近付けられたかのような鮮明な赤色をしており、当時から警察による捏造の疑惑があった。
さらに二審において、発見されたズボンを袴田さんが実際に穿く着衣実験が行われると、サイズが小さく太ももでつかえて腰までも上がらなかった。
ところが、それでも裁判所は控訴を棄却し、再び死刑判決を下す。無罪を確信していた袴田さんは拘置所内で絶望を突き付けられ、拘禁反応を発症。「電気を出すやつがいる」「神の儀式が行われる」「毒殺される」などと訴えるようになった。
今回の裁判において袴田弁護団は、衣類に付着した血痕に関する法医学者の鑑定結果を提出していた。「血痕は1年も味噌蔵に入っていたのならば、黒く変色する」。すなわち、真っ赤な色に染まったままの衣類は犯行時に入れられたものではない、という主張である。
その知見を信頼した國井恒志裁判長は「『5点の衣類』は事件から相当な期間がたった後、捜査機関によって血痕を付けるなど加工され、タンクの中に隠されたものだ」と指摘。「衣類を犯行時の着衣として捏造した者としては、捜査機関以外に事実上想定できない」と述べた。
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判決文や決定文で「捏造」という言葉が使用されるのは異例中の異例。ところが、この判決についての検事総長の予想外の言葉が大きな波紋を広げる。
つづく〈無罪が確定しても検事総長は“ありえない発言”…「犯人に仕立て上げた人たち」と約60年戦い続けた袴田事件の「傷痕と再生」〉では、その衝撃の発言から秀子さんの「捏造した人」への思いまで深く掘り下げていく。




