「見らるる通りみなさんまでにご苦労をかけ、よんどころなくそなたを廓(くるわ)へ売らねばならぬ手詰めの災難。金が敵(かたき)の世の中と思うてなりと聞き分けて、里の勤めをしてたもい」

そばから、親類一同が口々に言う。

「親のために身を売るを、誰が悪う言うものか。ああ、孝行な娘だ。さあ、聞き分けたら、おっ母ァへ、とくとく返事をしたがよい」

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「あい」と答えて、お梅は涙にくれる。
娘の運命に父と母も泣き沈んだ。

オランダ人「身売りは本人の罪ではない」

それなりの暮らし向きをしていた商家などでも、夫婦の病気や商売の失敗などで零落(れいらく)して娘を売る羽目になることがままあった。先の例はその典型であろう。

読者はお梅の運命に同情し涙したが、身売り制度に疑問をいだいたり、義憤を覚えたりはしなかった。身売りはありふれたことだったからである。なお、「里の勤め」とは、吉原の遊女になること。

外国人も理解を示した

幕末に来日したオランダ人の医師ポンペはその著『日本滞在見聞記』で、日本には売春婦が驚くほどたくさんいると指摘している。

いっぽうで、

「貧しい両親たちは自分の若い娘を、しかも大変幼い年端もゆかぬ時期に公認の遊女屋に売るのである。ときには5歳から6歳ぐらいの年のこともある……この点にヨーロッパの場合との最大の相違点がある。ヨーロッパでは個人が自分で売春するのであって、だからこそ本人が社会から蔑視されねばならない。日本では全然本人の罪ではない」

と述べ、遊女の境遇に理解を示した。

永井 義男(ながい・よしお)
小説家
1949年生まれ、97年に『算学奇人伝』で第六回開高健賞を受賞。本格的な作家活動に入る。江戸時代の庶民の生活や文化、春画や吉原、はては剣術まで豊富な歴史知識と独自の着想で人気を博し、時代小説にかぎらず、さまざまな分野で活躍中。
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