――ひとり一票という民主主義制度の中でそんなことが可能なんでしょうか。
安野 みんなが一票ずつ持つ平等性を「システムとしてどう表現するか」だと私は思っていて、長期的な時間軸で、一人の人間が生まれてから死ぬまでの間に意思表示の重さが平等に取り扱われるやり方もあります。個別のイシューすべてで必ずしもひとり一票でなくてもいいかもしれない。現時点でも、地方と都心部では一票の格差問題があって、2~3倍程度は許容されていることになっているのが現実です。
例えば現役世代により配慮が必要な問題に関して、一票の重さにパラメーター調整をかけるのはひとつの解決策でしょう。今後ネット投票が実現したらイシューごとに人口ピラミッドのバイアスがどの程度かかって意思決定されるかという統計的なデータが蓄積されるので、それを踏まえた上で合理的にパラメーターを調整するという次の段階に行けるのではないかと考えています。
「ブロードリスニング」で情報の流れ方を変える
――非常に興味深いアイデアですね。AIで民意を吸い上げる「ブロードリスニング」の試みも、若者や現役世代の声をもっと政治の場に反映させたいという思いがあるのでしょうか。
安野 おっしゃる通りで、まさに私が都知事選で実践したようなAIを活用した民意の可視化は、情報の流れ方を変えることで、今までになかった経路で若い世代も政治にコミットし、社会での意思決定が生まれる変化を狙ったものでした。
直接民主主義というパスも含めたその構想は本に詳述しましたが、デジタル民主主義が本格的に導入されると何が変わるのか? 合意形成コストが下がり、リスクが取れるようになります。
民主主義は市民の合意形成に時間も手間もかかるシステムで、おのずと国家の意思決定はなるべくリスクを避け、問題を先送りにしがちです。しかしテクノロジーの力で合意形成コストが下がれば、リスクをとれる許容量とスピードは確実に上がります。各分野の課題に関して、たとえばA地区とB地区で別々のルールを試してうまくいったほうを広域に広げようとか、特定の地域で先行してある戦略を試してみる、といった手法も採用できます。
「地図よりコンパスで」歩きながら考える
――小さく機敏に試してみるというアプローチですね。
安野 これはソフトウェアの開発手法から来ている発想で、この業界には、最初に要件定義をきっちり決めて上流から順次全体の工程を踏んでいく「ウォーターフォール型」と、機能ごとに小さく分割し、高速に設計・実装・テストを繰り返していく「アジャイル型」の2つがあります。いま世界的には後者のほうが主流ですが、先端技術が次々と出てきている不確実性の高い時代には、小さな試みを高速で繰り返してアップデートしていったほうが変化に対応できます。
これはそのまま社会システムにも応用できると思っていて、アジャイル的な手法で、小さなチャレンジをどんどん回しながら最適な戦略を探っていく――つまり「地図よりコンパスで」歩きながらこっちの方向にいけばいいんだと考えていくのが良いと考えます。
なぜなら現代社会において、この課題をひとつ解けば生産性が10倍上がります、というミラクルな突破口は少なく、どちらかというと、これを解けば生産性が10%くらい上がりますという課題が1万種類あるからです。課題そのものが多く、多様化、細分化しているのです。
こうした現実を前に、テクノロジーの力を活用することで、社会課題に対する民主的な意思決定の速度は上げられるし、改善も早いと考えています。

