高度経済成長期を実現した下村治の思想

――エンジニアならではの視点が新鮮です。日本リブート戦略の中核にある所得倍増プランについてもお聞かせください。

安野 国民の所得を上げるのは非常に重要だと考えていますが、経済成長の方法は、突き詰めればシンプルに、人口が増えるか、天然資源を使うか、テクノロジーを使うか、の3つだと言われています。先の2つは日本では難しいので 、テクノロジーにかけるしかない、というのが私の基本戦略です。

 これは現実味のない話ではなく、過去を振り返れば日本の高度経済成長期は非常にうまくいった例です。この時期、製造業を中心としたイノベーション――電気炊飯器、軽自動車、カラーテレビ、自動改札機など、テクノロジーを駆使した画期的な新製品が次々と生まれていました。もちろん人口ボーナスはありましたが、資源に乏しい日本がわずか7年で奇跡の「所得倍増」を実現できたのです。

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 計画をデザインしたのは、時の首相・池田勇人のブレーンだったエコノミスト、下村治です。海外に門戸を開くことで高い技術を導入し、国内投資を活性化させ輸出を増進させると同時に、国民の完全雇用を目指しました。「経済とは人が営んでいる」という思想のもと、国民一人ひとりにやどる「創造性」を下村は非常に重視しました。

 つまり、ボトムアップのクリエイティビティこそが経済成長の重要な柱のひとつなのです。

安野貴博氏

――それは安野さんが訴える「AIを中核とした新産業による活性化」という経済戦略とどうつながるのでしょうか。

AIが経済の起爆剤になる理由

安野 順をおって説明しましょう。高度経済成長期とは対照的に、この失われた30年において日本は、世界中の人が「あったらいいな」と欲しがるようなサービスを、IT、ソフトウェア領域において作り出せませんでした。ソーシャルメディアも検索エンジンもスマートフォンもOSも乗り遅れました。

 それに続く次のビッグウェーブは間違いなくAI産業ですが、これはかつてインターネットがもたらした情報化のインパクトよりもはるかに大きい影響を社会に与えます。具体的にはまず、知的労働の価値を激変させるでしょう。AIで一人当たりの生産性が爆増するなか、例えばGAFAMはもはやエンジニアの新規採用に消極的ですし、セールスフォースなども採用を止めている。まあこれはこれでテックジャイアントが抱えすぎていた優秀なエンジニアが他業界に流れていく良い面もありますが、ChatGPTやAIエージェントなどが出てくるなかで各業態は大きく変化しつつあります。

 私がAIを経済の起爆剤にすべきだと考えるのは、イノベーション産業は付加価値が高く、自社での雇用や利益だけでなく、周辺産業を大きく活性化させるからです。たとえば自動車産業と結びついた自動運転技術は、人手不足に悩む物流やバス・タクシーなどの公共交通機関における画期的な解決になる可能性が高いでしょう。教育分野でも、教員が不足し、現場の働き方改革が求められるなかでAIは大きな手助けになることが見込まれています。