オール讀物新人賞を受賞しデビューした平岡陽明さんが、最新長篇『マイ・グレート・ファーザー』を上梓します。人生に行き詰った男が30年前にタイムスリップし、不審な事故死を遂げた父親と再会する、心温まる大人のためのファンタジーです。ご自身の亡きお父様をモデルに描いた本作の刊行に当たり、平岡さんに執筆の裏側とお父様への思いを綴っていただきました。
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十六歳の晩、父が出奔(しゅっぽん)した。訳の分からないことを母に喚き散らし、「しばらく戻らねぇからな」と捨て台詞を残して、家を出て行ったらしかった。
バブルが弾け、父の事業は行き詰まっていた。もう会社も家も潰すことは目に見えていた。だから父のプライドはズタズタで、このまま車で大黒埠頭や山下公園から海に飛び込むのではないかと母は心配していた。酔うと何をしでかすか分からない人だった。
母は父の行きそうな所へ、虱潰しに電話を入れた。だが行方は判らなかった。やがて心配した従兄のノン君が車で駆けつけてくれた。ノン君は当時大学生で、一駅隣に住んでいた。
「大丈夫? おじさん、何処に行ったの?」
「わかんないの。ごめんね、ノン君まで心配させちゃって」
父が荒れることには慣れっこだったはずの母も、今回ばかりは様子が違うと感じていたらしい。だからノン君に帰っていいよとは言わなかった。私はまだ免許を持っておらず、いざとなればノン君だけが頼りだった。
父は当時珍しかった自動車電話を取り付けていた。しかし何度鳴らしても繋がらなかった。心配することにも疲れ、三人でテレビのスポーツニュースをぼんやり観ていたら、父から電話が入った。時刻は二十三時ごろ。出たのは私だった。
「いま、平塚のステーキ屋にいる」
父の声は思ったより冷静だった。ノン君が待機していることを告げると、「お前らが来るなら、待っててやってもいいぞ」と言って電話は切られた。