2005年に単行本が刊行され、2008年に初文庫化された伊坂幸太郎さんの初期代表作『死神の精度』。デビュー25周年となる2025年に新装版で再文庫化された本作について、著者にお話を伺いました。
天使は優等生感がありすぎるから、主人公は「死神」に決定
──第一編「死神の精度」は、デビューから丸3年経った2003年末に雑誌掲載されました。執筆当時のこと、覚えてらっしゃいますか。
伊坂 これはかなりよく覚えているんですよね。これまで四半世紀くらい小説を発表してきた中で、突貫で仕上げたランキング二番目ぐらいの作品なんです。「オール讀物」の編集者から短編を一本書きませんかと依頼が来て、最初に書いたのは全然違う話でした。その話は結果的に『オー!ファーザー』(2010年刊)という長編になるんですが、長すぎたんですよね。「もう少し短くできないか」と言われたんですけど、短くはできないので、それは別に取っておいて、締め切りを一週間延ばしてもらって新しいものを書くことにしたんです。
焦ってアイデア帳を見返してみたら、電話交換手だった女性が……という逸話のメモがあって「これだ!」と。ただ、この逸話を使って謎とオチは作れるとしても、問題は誰を探偵にするのか。ネタが地味だから、探偵は突飛な存在にした方がいい。奥さんとモールのスタバに行って、ネタ出しに付き合ってもらいました(笑)。
──探偵が、死神になった経緯とは?
伊坂 ヴィム・ヴェンダースの映画 『ベルリン・天使の詩(うた)』(1987年)が念頭にあったんだと思います。天使が当たり前のように人間の世界にいる雰囲気が面白くて、そういう感じがいいなあ、と。でもそのまま天使にするのはベタだし優等生感やハッピーエンド感があり過ぎるから、じゃあ死神かな、と(笑)。あと、藤子不二雄先生が、キャラクターを作る時は、そのキャラクターの好きなものと嫌いなものを決めればいいとおっしゃっていた気がするので、死神の好きなものは音楽で、嫌いなものは渋滞! と決めて(笑)。
冒頭で「死ぬのが怖い」と言う床屋の主人に、死神が「生まれてくる前のことを覚えているのか?」と話すくだりも、僕の父親が昔言っていたことをそのまま使っています。締め切りまで一週間しかないから、とにかくひたすら書いていったんです。
──本作は翌年、第57回日本推理作家協会賞短編部門を受賞しました。
伊坂 本当に驚きました。僕はミステリーが好きだったので、最後で、かなりのどんでん返しがなければいけない、という気持ちが強かったんですよね。このお話は「ああ、なるほどね」という納得感とか、おかしみみたいなものは楽しめるけれども、サプライズは弱い気がして、ミステリーを書いたという気持ちはあまりなかったんです。ミステリーとして受け入れてもらえたことは、その後の自分にとって結構大きかったんじゃないかなと思っています。