ネットワークに繋がる力を育んでいきたい
質問者 楽しい話をありがとうございました。平田さんが豊岡を拠点に地域の学校すべてで演劇教育を行なっているというのは画期的でびっくりしたんですが、どんなふうに町は変わりましたか? 成功例などがあればぜひ。
平田 税金を使った実践では、コミュニケーション能力が高まるとか、自尊感情が高まる等の数値を示していかないといけないのですが、市長、教育長と話している目標は、20年後にきちんと男女交際のできる子供を作るということ。実はコミュニケーション能力と貧困の問題って密接に結びついていて、以前『下流老人』の藤田孝典さんと若者の貧困問題で対談した時に、貧困層の借りているアパートの相場がうちの劇団員たちよりはるかに高くて驚いたことがあります。つまり地方出身の子が東京に出てくると不動産屋にけっこう高めの物件をつかまされちゃう。断れないから。うちの劇団員たちは、「ここは大家さんが優しいから入ったら?」みたいな感じで、ネットワークの中で安い物件に入居してるんですよね。家賃2~3ヶ月滞納しても「芝居やってて大変だなぁ」って言って逆に果物くれたりするような大家さんのところに住む。そういうネットワークに繋がる力やコミュニケーション能力って、演劇によって育める部分は大きい。教育や文化というものは、いわば漢方薬なので、施策をしたからといってそんなにすぐには変わらないです。ここで成功例を言うのは簡単なんですけど、むしろ短期的な成果を問わないで、長期目標を設定することが大事だと思います。
司会 お時間になりましたので本日のトークイベントはこちらで終了になります。
内田 本日はどうもありがとうございました。
5月16日代官山 蔦屋書店にて
内田樹
1950年東京都生まれ。思想家、武道家、神戸女学院大学名誉教授、凱風館館長。東京大学文学部仏文科卒業。東京都立大学大学院人文科学研究科博士過程中退。専門はフランス現代思想、武道論、教育論など。『ためらいの倫理学』『寝ながら学べる構造主義』『下流志向』『レヴィナスと愛の現象学』『ローカリズム宣言』など著書多数。『私家版・ユダヤ文化論』で小林秀雄賞、『日本辺境論』で新書大賞を受賞。
平田オリザ
1962年東京生まれ。劇作家、演出家。こまばアゴラ劇場芸術総監督、劇団「青年団」主宰。
城崎国際アートセンター芸術監督、大阪大学COデザインセンター特任教授、東京藝術大学COI研究推進機構特任教授、四国学院大学客員教授。1995年『東京ノート』で岸田國士戯曲賞受賞。2011年仏国文化省より芸術文化勲章シュヴァリエ受勲。全国自治体との関わりも多岐にわたり、豊岡市文化政策担当参与、岡山県奈義町教育・文化のまちづくり監もつとめる。
藻谷浩介
1964年山口県生まれ。地域エコノミスト。日本政策投資銀行参事役を経て、現在、㈱日本総合研究所調査部主席研究員。東京大学法学部卒業。米コロンビア大学経営大学院卒業。著書に『実測!ニッポンの地域力』『デフレの正体』『世界まちかど地政学』、共著に『里山資本主義』(NHK広島取材班)、『経済成長なき幸福国家論』(平田オリザ氏)などがある。