「NPBもブレーキをかけられない」
「プロ野球は終わるなあ、と思いましたよ。日本野球は米国のマイナーリーグにも人材を供給する場になったのか、と。同じ高卒の大谷翔平や佐々木朗希でさえ、ドラフトを経てプロ野球で成長し、選手としての価値を高めてからメジャーに挑戦した。だが、森井選手の件で、高校生が米国に飛び出しても、球団も日本野球機構(NPB)もブレーキをかけられないことがあらわになってしまった」
その森井選手は渡米した後、アスレチックスとマイナー契約を結んだ。今年1月15日に発表された契約金は約151万500ドル(約2億3000万円)だった。プロ野球の新人選手の契約金最高標準額(1億円+出来高5000万円)の1.5倍だ。野球ファンには新たな楽しみが増えたものの、人材獲得やビジネスという意味で日本野球の完敗である。
「江川卓や松坂大輔のような甲子園のヒーローがいきなり海を渡る、と宣言したら、NPBはどうするんでしょうか。スカウトの力ではもうどうしようもないです」
元スカウト幹部の言葉には悔しさがこもっていた。
森井選手の流出に手の打ちようがなかったのは、12球団の「田澤ルール」が公正取引委員会から独占禁止法違反の疑いで調査を受け、撤廃せざるを得なかったためだろう。「田澤ルール」は2008年に田澤純一投手が社会人野球から直接メジャー挑戦を表明した際、12球団で申し合わせたもので、ドラフトを拒否して海外に渡った場合、高校生は3年、大学生と社会人は2年、日本に帰国しても各球団と契約できないとしていた。この制限が2020年に公取委から違反行為(12球団が共同して取引拒絶をした)とみなされたわけだ。森井選手の挑戦は、16年前に田澤選手が切り開いた道の先にあるのだ。
その後も公取委は日本球界の古い慣行を監視しているように見える。それはNPBの新たな危機として表面化しつつある。
日本プロ野球選手会は昨年7月の臨時大会で、選手の保留制度が独禁法に反するとして、公取委への申し立てを検討していると表明した。保留制度をなくせというのだ。
保留制度は球団が選手を長期間拘束できる権利のことで、NPBの野球協約では、入団時に契約を結べば、球団は選手がフリーエージェントの権利を取得するまで(大学・社会人は7年、高校出身者は8年)、選手を拘束できることになっている。
その保留制度をなくすことは、選手から見れば自由の獲得だが、球団側からすると、経営の背骨を失うほどの大問題である。この保留権に基づいて選手を傘下に置き、興行をしているのに、それがなくなれば選手をカネのある球団やメジャーリーグにさらわれてしまうからだ。