“どん底”続きだった「広島カープ」と「阪神タイガース」。2人の異端なサラリーマンが、そんな両チームの改革に奔走し、優勝を果たすまでを追った傑作ノンフィクション『サラリーマン球団社長』(清武英利 著)。8月26日に発売されると、わずか数日で重版が決まるなど、大きな反響を呼んでいる。
そこで「週刊文春」9月3日号に掲載され話題となった「サラリーマン球団社長・番外編」を一挙全文公開。野村克也、王貞治の知られざる秘話とは――。
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野村克也は、流れるような太い字を書いた。
時候の挨拶状も、自身のポートレート写真に筆で言葉を添え、〈克則を来年も契約していただき、感謝申し上げます〉などと記してあったりするものだから、鮮やかな墨痕とともに強く印象に残った。独特のぼやきで有名だが、細やかな気配りも兼ね備えていた。
巨人の監督をしてみたい、という趣旨のことが
「克則」というのは彼の三男で、「選手としては駄目だったかもしれないが、俺と違って人柄がいいからコーチに向いている」というのが、父親としての評価である。その弁の通りに、人を押しのけるところがない。巨人でも選手に慕われ、2010年から二軍コーチとして契約していた。それで野村は、巨人軍の球団代表だった私にまで、「克則をよろしく」と言ってくるのだった。
時には、巻紙に筆でしたためた手紙を寄越した。本人も亡くなって、もう時効だと思うので書くが、届いた長い巻紙に、巨人の監督をしてみたい、という趣旨のことが記されていて、ハッとしたことがある。
彼はヤクルト監督として3度の日本一に輝いている。ところが、その後、招聘された阪神タイガースで1999年から3年連続で最下位に甘んじた。
前任監督の吉田義男が、
「現在のメンバーには核になるような選手がいません。脇役ばかりで戦ってるようなものです」
と言い残した戦力をそのまま引き継いだ。そのうえに、編成部門がドラフトや外国人補強でもことごとく失敗し、野村は妻の脱税事件で辞任する事態に陥った。
巻紙の手紙は、是が非でも巨人でというわけではなく、プロの監督として再び指揮を執り、屈辱を晴らしたいという気持ちからだったのであろう(後年、彼は東北楽天ゴールデンイーグルスの監督に就き、弱者の兵法や彼の言う「無形の力」をコーチや田中将大投手らに教えた)。
だが、監督の首をすげ替えたぐらいで勝てるわけがないことは、彼自身が常々言っていたことである。
「カネを出さなければいいチームにはなりません」
当時のタイガースオーナーは、阪神電鉄会長の久万俊二郎である。「監督こそがチーム成績と興行の行方を左右する」と信じる経営者であった。その人に向かって野村は、
「オーナーは、監督を替えればチームは強くなると考えていませんか」
と直言して、怒らせたことがある。その光景をタイガース社長だった野崎勝義が見ていた。彼によると、野村は、
「カネを出さなければいいチームにはなりません」
と諭すように言った。2000年9月18日に、彼がホテルの一室で語った次の言葉は、今の野球界にも当てはまることだ、と野崎は思う。
「プロ野球球団の心臓部は編成部門です。特にスカウトは非常に重要なセクションということを認識しなければなりません。そもそも、ローテーション入りをする先発投手や四番打者は素材が第一なのです。ドラフトや補強によって獲ってください。そうでなければ勝てませんよ。
プロ野球界はまた昔のようにお金の力でチームを強化する傾向になってきています。かつては弱いチームでも、作戦や用兵、サインプレー、シフト等でなんとか強いチームを倒すことができた。しかし最近はFA(フリーエージェント)などが採用されたので、また粗い野球に戻りつつある。すなわち巨人のように優秀な選手を揃えることがチームの強化の最短コースです。ただし、巨人の横暴を見過ごすわけにはいかないと思っています」
その後を継いだ監督の星野仙一も、久万にタイガース低迷の理由を問われて、同じような苦言を呈している。
「オーナーになられてずっと低迷し続けていますね。それは、オーナー、失礼ですが、すべてあなたの責任ですよ」