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「どうもどうも」と言いながら目的を果たして帰る

「いやあ」と、彼は笑みを浮かべながらやって来て、BOSの運用のノウハウや問題点を教えろと言った。それとは別に、ファーム育成施設を見せろ、と頼んできたこともある。

――相変わらず、ずうずうしいな。

 そうは思ったが、断れない満面の笑顔である。「どうもどうも」と言いながら目的を果たして帰る、その押しの強さに嫌みがない。さらに、少し方向は違っていても、彼と私、野崎、広島東洋カープ常務球団本部長の鈴木清明は、それぞれに敵を作りながら球団や球界改革を目指していた。改革を志すと、内外に守旧派の敵を作らずにはいられないのだ。

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「運用は、スカウトやコーチから上がってきたBOSのレポートを、球団の誰がチェックし、返信していくか、ということに尽きるのではないですか。報告する者は、それを管理する人が誰であるかによって書く内容が変わってきますよ」。そんなことを私は小林に話したような気がする。

「うーん、なるほど」。これは彼の口癖である。

 BOSの内容はチームに還元していかなければならないものだが、スカウトや二軍コーチに真実のレポートを書いてもらおうとすれば、管理者を限定し、閲覧者を増やしてはいけない。

 報告する側が「これは監督にチェックされる」と思えば、彼らや現場を意識した内容になり、当たり障りのないものになりかねない。例えば――、

「きょうの視察で、チーフスカウトはA投手を高く評価していたが、自分は違う意見を持っています。理由は……」

「二軍の若手選手たちが本日、練習試合に惨敗した。あるコーチが激怒して、選手たちを炎天下の球場から遠征先のホテルまで延々と走らせて帰した。計画的育成のために、せっかくトレーニングメニューを工夫して組んでいるのに、これでは若手がつぶれかねない」

 こんな本音の内容も報告されずに消えてしまうだろう。GMや補佐役はBOSを通じて、遠い球場からスカウトや二軍コーチたちの現場の声と「カイゼン」に向けた本音を拾わなければならないのだ。

ホークスBOSに会長の王貞治が深くかかわっていた

 小林のいたホークスは、私たちが鈴木の知恵で創設した育成選手制度も巧みに使った。育成選手制度は70人の支配下登録選手(年俸の下限が440万円)とは別枠で、一軍戦には出場できない育成選手(同240万円)を育成ドラフトで獲得する、という仕組みだ。選手年俸を抑えながら球界の裾野を広げ、従来の新人ドラフトからこぼれた異能の選手を拾い集めようという狙いだったが、ドミニカにカープアカデミーを創設し、選手育成に苦労した鈴木の助言と工夫がなければ作り上げることはできなかっただろう。

 ホークスのいまの黄金時代は、この育成選手制度とホークスBOS、それにしたたかなスカウト陣が礎となっている。

福岡ソフトバンクホークスの王貞治会長 ©文藝春秋

 小林自身は、育成選手制度を粘り強く進めたことが大きく、それが3年連続の日本一につながったと考えているようだが、私が驚いたのはホークスBOSに、ホークス会長の王貞治が深くかかわっていたことである。

 小林によると、BOS導入のあと、王はスカウトや二軍コーチらのレポートに逐一、目を通していた。そして、「了解です」「がんばっていますね」などとタブレット端末やスマホでそれに返信していたのだという。

 レポートを一瞥するだけならさほど面倒ではない。だが、読んだ気になっているだけでなく、何十件というその報告に返信するのは手間と根気が要る。私自身はそのために午前5時過ぎに起きて3時間ほどかけて返信しなければならず、ヘトヘトになった記憶がある。

 それが「世界の王」と敬愛される人に日々のレポートを読んでもらい、「がんばっていますね」と直接声をかけられては、現場は怠けてはいられないだろう。認められている、という意識が働くからだ。育成選手制度を活用するよう後押ししたのも王だという。

(文中敬称略)

サラリーマン球団社長

英利, 清武

文藝春秋

2020年8月26日 発売