長きにわたりメディアと球界に絶大な力を持ち続けた渡邉恒雄・読売新聞主筆が昨年末、亡くなった。彼は約20年前に球界再編とプロ野球1リーグ制を唱えた人物でもあった。
その渡邉氏の球界支配や球団危機に抗ったサラリーマン社長や球団本部長がいた。いずれも会社員から野球界に転身した異端者である。
文春文庫『サラリーマン球団社長』は、自らの情熱を頼りに球界と球団の改革に身を投じた彼らの献身を描く。本書の著者であり、かつて彼らの同志として改革に挑んだ清武英利氏が当時を改めて振り返る。
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本当の野球ファンは残念がるよ
「お父さん、ナベツネさんと喧嘩したらあかん。あの人は怖い人や」
阪神タイガース社長だった野崎勝義さんは、妻の艶子さんからそんな言葉を繰り返し聞かされた。2004年のことだ。プロ野球の1リーグ制を牽引した読売新聞グループの総師・渡邉恒雄氏に盾突くな、というのである。
球春到来を告げる12球団のキャンプが今年も始まった。熱心なファンの間にもプロ野球は2リーグ制、12球団で戦うことが当たり前のように思われているが、それを1リーグにしてしまおうという渡邉氏が昨年末に亡くなったこともあり、私は約20年前、兵庫県の野崎家で交わされた会話を懐かしく思い出した。
「喧嘩したら絶対に負けるよ」
野崎さんは面と向かって艶子さんに言われ、眼を伏せて聞くこともあった。
「ろくなことないで、ナベツネさんと衝突したら」
「大丈夫や。世論がバックアップしてくれてる。心配することないよ」
タイガースのような人気球団の社長や家族にとっても、巨大新聞社と球界を牛耳る渡邉氏は恐ろしい存在だったのである。しかも、上司である阪神電鉄会長の久万俊二郎タイガースオーナーは渡邉氏の盟友であった。「東のナベツネ、西のクマ」と呼ばれた実力者だが、「巨人は強い。しかもわがままであるからいけない」とぼやきながら、その後ろにくっついてきた。
あんまり怖がるので、野崎さんは妻にきちんと説明する必要があった。
「わしは正しいことをしているのや。渡邉さんに反対せんでいて、いまのプロ野球の2リーグ制が1リーグになってまうと、ものすごくプロ野球の縮小になるんや。球団だけが減るんやなくて、選手もぎょうさん減る。本当の野球ファンは残念がるよ。プロ野球そのものに影響あることなんや」