人間と昆虫では時間軸が違う?
髙林 そうですね、植物はいつ来るかわからない害虫に対する防衛にたくさん投資できない、という事情もあるのだと思います。それよりも成長に投資しなくてはと。防衛と成長に対する投資のバランスはいわばトレードオフの関係にあるので、それはある意味で抑制する要因ではと考えています。
あとはもうひとつ、殺し尽くされないように、ということでは、植物と害虫と天敵という三者の相互作用に「防衛のかおり」が加わることも重要だと思うんですね。簡単な数理モデルでは、植物が害虫に食われた際に初めて作られる「防衛のかおり」が三者の存続に重要な要素になるという結果が得られてます。つまり、このかおりがあることで、三者のシステムがより安定するわけです。それは、別に植物や虫たちが、それぞれ考えているわけではなくて、結果的に、先程の「時間のズレ」をもって関係性の中で一から発生してくるかおりという要素が重要なのかなと思っています。
上橋 それは、すごく興味深いです! それぞれが考えてやっているわけではなくても、植物と害虫と天敵、それぞれにとって必要なことが、時間のズレのおかげで、うまい具合に行われているとするなら、薬剤で効率よくバッと殺虫するのとは随分違う感覚がありますね。
髙林 そうですね。天敵をかおりで呼ぶというのは、ある程度の被害が前提の防衛戦略なんです。時間がかかるので、少々の虫食いは致し方ない。そういう形の進化ですね。でも、農業としては、それでは虫食い野菜になる、ということになりますね。
上橋 人間の事情が関わって、「虫食いがない綺麗なキャベツ」が必要になって、効率的な害虫駆除のシステムがここに加わると、先生がおっしゃった三者のバランスは崩れてしまうのかもしれませんね。自然界本来の復元力と言いますか、均衡を保つには、ある程度、非効率な、ゆったりとした時間が必要なのかもしれませんね。
高校生 ゆったりした時間というお話が出てきましたが、そもそも人間と昆虫では時間軸は異なるのでしょうか?
髙林 とても良い質問ですね。時間はすべての生物に共通ですが、空間スケールを加味して考えると、時間軸はすごく違うと思います。例えば、私が研究している寄生バチは体長が2ミリぐらいなんですね。2ミリの寄生バチが50メートル移動するのは、身長165センチの陸上選手が42.195キロ走るのと、比率的には同じになります。ですから、移動にかかる時間軸も相対的になります。また、ミツバチの例ですが、有名な話があって。ミツバチが普通に飛んでいる速度を人間の空間スケールに戻すとしたら、その速さはF-15戦闘機のそれだと。だから、彼らの一生という時間は人間からするとすごく短いんですけれど、彼らは、その中でF-15ばりに花から花へと飛び移って生をまっとうしているわけですね。
上橋 うわ~、それはまた、すっごく面白いですね!