第31回松本清張賞の選考会で受賞作『イッツ・ダ・ボム』とともに話題をさらった『高宮麻綾の引継書』。受賞は逃したものの、「面白すぎる」と社内から絶賛の声が相次ぎ、刊行が決定!
3/6発売の『高宮麻綾の引継書』、誕生秘話を著者の城戸川さんが綴ります。
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「残念ながら、城戸川(きどかわ)さんは受賞には至りませんでした」
2024年4月23日の18時過ぎ。オフィスで残業しながら松本清張賞の「待ち会」を一人でしていた僕のもとに、その電話はかかってきた。一番初めの「ざ」が聞こえた瞬間、首まわりの重力が倍になったように感じた。
落選の連絡だ、そう思った瞬間に営業部時代の血が滾った。9年前、新卒で配属されたチームの上司は「ピンチはチャンスよ~」が口癖の人だった。あの教えは今日のためにあったのだと自分に言い聞かせ、電話口に喰らい付いた。
「一度で良いので会ってほしいです!!」「直接フィードバックをくれませんか!!」をしぶとく繰り返すこと数分。「あの、こちらにも編集部の意向がありますので……」という相手の困り果てた声と共に、あっけなく電話は終わった。
ピンチはピンチでしかなかった。勝手に数年ぶりに頭の中に召喚した上司に八つ当たりしつつ、まだ結果を信じられずにその場から動けなかった。
応募作のお仕事小説、『高宮麻綾の引継書』(たかみやまあやのひきつぎしょ)は自分の中で特別だった。事業やストーリーは全て架空だが、僕が過去一番仕事に熱中した日々で感じたことを全部詰め込んで書いたものだ。自分がゼロから事業を立ち上げようと奔走した2年前のことを思い出しながら、内側から鍵をかけた会議室の中で僕は一人うなだれた。
その新しい事業アイデアを思いついた瞬間を、今でも昨日のことのように思い出せる。
「これ、めっちゃ面白くなるかも!」という直感を信じ、就業時間を過ぎてもパソコンに向かった。さっきまで夕方のはずが気付けば外は真っ暗で、卓上ライトに照らされた自分の顔が窓に映っている。勢いで作り始めたプレゼン資料が仕上がったのは、日付が変わった頃だった。
その場で上司に電話で説明したい誘惑を抑え込み、メールを一気に書き上げて、マジ誰かには届けと願ってCCてんこ盛りで送信した。