翌日からは、もう夢中で社内外を駆け回った。見知らぬ誰かに先を越されるのは絶対に嫌で、とにかく全てが焦れったい。常に爆発しそうな衝動を抱え、仕事で出会う人みんなに「これ、面白くないすか?」と話しまくった。上手くいくかどうかなんて分からない。不安をはね除けるためにも、ひたすら走り続けた。

 ある時、「今の仕事って、小説を書くことに似ているな」と気付いた。

 小説でも、魅力的な謎を思いついた時の興奮は格別だ。アイデアは秒刻みで頭からこぼれ落ちていく。今忘れたらきっと二度と思いつけない。そんな焦りに引き摺り回されるように、ひたすらメモ帳を文字で埋める。

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 ここを掘り進めれば金脈に当たるかも、という期待。でも実は的外れで、石ころしか出てこなかったらどうしよう、という底なしの不安。その両方に挟まれながら、「きっと面白くなる」と信じて本文を書き進める。

 普段自分がオフィスでしていることと全く一緒だ。そう思った時に、次の応募作で書きたいテーマが決まった。『高宮麻綾の引継書』が生まれた瞬間だった。

 この話は、もう何がなんでも自分の手で形にしたい。他の応募者が誰も思いついていませんように。プロ作家が先に本にしてしまいませんように。松本清張賞の締め切り目掛けて、祈るように書き続けた。

 平日の日中は事業構想、毎晩と土日は小説執筆。ずっと同じようなことをしているなと思いながら、月日は経っていった。

 最終選考に残ったという知らせを受けてから、結果が分かるまでの約2か月間はあっという間だった。

 受賞後に備えて「実は最終選考に残ってます」と会社への根回しをしている内に話が漏れて、「あいつ、芥川賞でプロ作家になるらしい」「プロ作家? プロサッカー選手だって聞いたけど」などというテキトー極まりない噂たちが社内で錯綜した。色んな部署の人の誤解を解いて回る中で「4月23日に結果が分かる」と伝えたら、何人かがスケジューラーに【4/23 16:00~ ○○(僕の本名)】と入れたため、部署横断のめちゃくちゃデカい会議が開催されるらしいと勘違いもされた。

 ……が、結果はダメだった。これから関係各所に、世界一悲しい「小説家デビューする可能性があるという件、落選しましたのでご放念ください」メールを送らにゃならんのかと思うと腰が重い。