今年5月半ばから、スクウェア・エニックスがオンエアしている、同社のスマホアプリゲーム『星のドラゴンクエスト』(以下『星ドラ』)のCMシリーズをご存知だろうか? これは1986年に初代ドラゴンクエストが発売された5月27日を祝う「ギガ感謝祭」キャンペーンを告知するもの。期間中はゲーム内のアイテム交換ツールであるジェムが大量配布される。

 今回のCMシリーズの最大の売りは、往年の香港のアクションスター、ジャッキー・チェンの登場だ。「レベル99の伝説の武闘家」ジャッキーは、ゲーム内の伝説の武器を手に、現在64歳とは思えないなめらかな演舞を披露。砕けたジェムが頭にあたってトホホな表情を見せたりと、往年の香港映画そのままのユニークな演技を見せた。

ジャッキーが「ギガ謝謝(シェイシェイ)」と決め台詞

 だが、私が中国ライターとして気になるのは、ジャッキーがCMや広告ポスター中で用いている言葉だ。例えばシリーズ3本目の「伝説の武闘家ジャッキー・チェン 棍篇(15秒)」のラストで、ジャッキーは片手で拝むようなポーズを取り「ギガ謝謝」と発言している。

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https://youtu.be/Jx_8OwUKun4 星ドラのCM。0:13からジャッキーの「ギガ謝謝」を聞くことができる。

 また、都内の駅などに掲載された今回のイベント広告や、5月27日に各地でドラクエオリジナルのガムが配られた公式イベント上では、ジャッキーの「ギガ謝謝」という発言の漢字部分に「シェイシェイ」という片仮名のフリガナが当てられている。

二重の意味で違和感がある「ギガ謝謝」

 これらは日本の一般の視聴者にとっては普通のユニークなCMや広告だが、ちょっと中国に詳しい人なら演出内容に微妙な違和感を覚えるはずだろう。その主要な点はふたつある。

 まずひとつめは、広東語が母語の香港人であるジャッキーが、わざわざ標準中国語の普通話(プウトンホア)に近い発音で「謝謝」(「シエシエ」もしくは「シェイシェイ」)と言っている点だ。なお、広東語の口語の場合「ありがとう」は「多謝」(do1 je6:ドーゼー)と言い、あえて「謝謝」と言ってもらう場合でも「ゼーゼー」みたいな発音にしかならない。

 香港人のジャッキーに普通話(らしき言葉)で「謝謝」と挨拶してもらうのは、フランス人のMichel(ミッシェル)さんにわざわざ英語で「アイム・マイケル」と自己紹介してもらうのに近い。なんだかヘンな感じがするわけである。

 もっとも、香港は1997年に普通話を公用語とする中華人民共和国に返還されている。ジャッキー自身もプライベートでは北京の政権に親和的で、中国の国会である政治協商会議の委員も務める。「本国」に敬意を表して、あえて普通話に近い発音で「謝謝」と言ってみた……という強引な説明も一応は可能ではある。

広東語常用単語データベース』より、広東語での感謝表現「多謝」の該当箇所。通常、ジャッキーのようなネイティヴの香港人は、日常生活のうえで「謝謝」と言うことはあまりない。

 だが、そうだとしても「謝謝」に「シェイシェイ」というフリガナを当てるのは、少なくとも現在では誤りだ。現代中国の標準語・普通話の「謝謝(xiè xie)」は、片仮名だと「シエシエ」に近い。ゆえに現代の中国で日本人が「シェイシェイ」と言っても(特に「イ」音を明確に発音した場合は)通常は相手に聞き取ってもらえない。

 星ドラ広告のジャッキーのセリフには、堂々と「ギガ謝謝(シェイシェイ)」というフリガナが振られている。すなわち、ジャッキーは今回のキャンペーンのなかで、リアルの中国人には通じない中国語っぽい言語を喋る中国系武術マスターという、よくわからない公式設定を与えられているのだ。