「母の日にカレーをつくろう」という行動開発

 もう一つ「こくまろカレー」の事例を紹介しよう。食卓のロングセラーブランドとしてご存知の方も多いだろうが、発売は1996年、一部の料理好き主婦がやっていた「2種類のルウを混ぜ合わせる」というコンセプトで売り出されたものだ。最初から販売は好調だったが、このカレーをさらに大きく売るきっかけとなったアイデアがある。

 子どもと一緒に「母の日にカレーをつくろう」という行動開発だ。

 今も、母の日にスーパーなどで見かける、この「行動喚起ワード」は、実はその時に始まったもの。売れている商品だからこそ、よりギアを上げて、いっそ「国民的カレーになる!」というビジョンを掲げて取り組んだ結果のアイデアだった。

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 正直、メッセージを発信した当初「子どもに包丁を持たせて怪我したらどうする」という批判は大きく、やめてしまおうか? という悩みもあったが、お母さんを思う愛情をカレーをつくる行動に結びつけるのは正しいと信じ、粘り強く続けたことで、批判よりも肯定派が増加。結果、現在も続く、母の日の国民的行事となった。

©AFLO

 こういう話をすると「それはカレー全体を売る行為で、こくまろカレーを売るには効率が悪い」とか「業界No.1のやることですね」とか言われることが多いが、それはブランドの枠を超えて、ムーブメントが生まれることの価値がわかっていない人の発言だ。

 商品への落とし込みはもちろん大切だが、社会現象として商品の周りに大きなムーブメントが生まれた時の売上の大きさは計り知れない。さらに言えば、今のように消費のスピードが速く、商品の微差くらいでは誰の心も動かない時代には、単発の商品の特性が伝わるより、カレーならカレーという、そのジャンルを愛してくれるコミュニティが生まれるほうが、売れる数も期間もアップし、何倍もの価値につながっていくのである。

 商品や企業への「共感と参加」が大切な時代、行動や習慣を生むアイデアがビジネスの核となる。

迫りくる大停電――どうしたらみんなに節電してもらえるか?

 ここで、少し話がそれるが、行動をデザインしたもう一つの例を上げよう。

 2018年9月6日(木曜日)、そのブラックアウトは起こった。最大震度7を記録した北海道胆振東部地震。その17分後に発生した北海道全土を巻き込む大停電は11時間続き、その後復旧したものの、月曜日になって工場が稼働すると再び大停電に陥ることがわかったため、北海道全土で早急に「節電」をする必要があった。

 そこで資源エネルギー庁や経済産業省の人々、さらには民間のクリエイターが集められ「節電PR」のためのタスクフォースが立ち上がる。そこに僕も参加し、数時間で確実なPR案をつくるという課題に対して動き始めた。映画さながらの緊迫した空気のもと、次々と新しい情報が集まり、対策が練られていく。中でもPRの核になる「メッセージ」の開発に焦点があたっていた。

 ミッションは、需要が増加する平日8時30分から20時30分までの間(節電タイム)に約2割の節電を行うこと。それをシンプルに伝えるなら「今後の停電を避けるために、2割の節電をお願いします。」だろう。でもそれでは間違いなく、行動は生まれない。なぜなら2割の意味することが人それぞれ違うし、なによりメッセージが普通すぎて頭に残らず、かつ「何をしていいかわからないから」だ。大切なのは、洗濯乾燥機、炊飯器、電気ポットの3つを節電タイムに使わないことだが、それでは説明的すぎて広まらない。

 やはり子どもたちでも「やりたい」「やれる」「やろう」と思うぐらい簡単で、ゲーム的で、具体的な行動提案でなければいけない。