シンガポールで6月12日開かれる史上初の米朝首脳会談。それに先立ち日本では、議論する政府内外の専門家たちのしかめ面が目立つ。対照的に、米国のホワイトハウスを中心に進められてきたのは、戦略的にきちんと進められた準備対策ではなくて、狂想曲というか、むしろドタバタの悲喜劇のようだった。

 米ウエブ誌『ポリティコ』によると、実は、米朝首脳会談準備のために1度も国家安全保障会議(NSC)は開かれず、各省庁を動員した組織的な準備作業は一切行われなかった、という。

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「中止」2日前に記念メダル発行

 おかしいのは、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長との会談に自ら過大な期待を寄せたドナルド・トランプ大統領自身、さらにまだ何も決まっていないのに「トランプ大統領にノーべル平和賞を」と持ち上げた文在寅韓国大統領、さらに大統領へのお追従に努めるトランプ政権高官たちだ。

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 ワシントン・ポスト紙は、大統領は世界に期待を持たせ、「賭け金を上げ続けてきた」と批判している。

 2016年の共和党全国大会で、歴代の大統領を悩ませてきた北朝鮮との関係を「正すことができるのは自分だけ」と宣言したトランプ大統領。それ以後も、「ディール(取引)」ができる自分なら北朝鮮を抑えられるとばかり胸を張ってきた。今年4月にフロリダ州の別荘で、安倍晋三首相と記者会見したときも、米朝首脳会談を「歴史的瞬間、恐らくそれ以上になる。うまくできれば」と自信を示した。

 ホワイトハウスの部下らが作ったのは米朝首脳会談の記念メダルだった。5月22日に発行されたメダルは直径約5センチ。銀色の地金に米朝首脳の顔を浮き彫りにしたもので、ホワイトハウスは外国賓客らへの贈り物に使う。ギフトショップでは24ドル95セント(約2700円)で販売することになった。

米朝首脳会談の記念メダル ©getty

 しかし、その2日後の24日に突然、トランプ大統領は米朝首脳会談の中止を発表した。

中止に最も失望したトランプ氏自身

 北朝鮮側は「リビア方式」による非核化案に反発して、米韓合同軍事演習の中止や首脳会談の「再考」まで言い出していた。ワシントン・ポスト紙の内幕報道によると、前夜の23日午後10時、ジョン・ボルトン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)が北朝鮮は「核と核の対決」と脅し、マイク・ペンス副大統領を「政治的バカ」とからかっている、と報告。トランプ氏は、金正恩委員長が首脳会談の撤回を画策し、米国を「必死に懇願する人」に仕立てようとしている、という自分の解釈を示し、それなら自分から先に会談を中止してやる、と言ったという。

 翌朝7時、大統領はまだホワイトハウスの居住区にいたが、幹部は西館に集合。大統領は素早く「中止」を決めて、金正恩委員長あて書簡を口述して書き取らせた。その場にポンペオ国務長官は確認されておらず、ボルトン氏主導の「中止劇」だったとみられる。

 しかし「中止」の決定に最も失望したのはトランプ大統領自身だったという。

 翌日北朝鮮の金桂官第一外務次官が、「中止」に驚きながらも「トランプ大統領がどの大統領もできなかった勇断を下し」首脳会談を決めたことを「内心高く評価してきた」とする談話を発表すると、トランプ大統領の心も和んだようだ。

 早くも北朝鮮側の反応を「非常に良いニュース」と喜び、前言を翻して、当初予定の「6月12日開催も可能」と述べた。これ以後初めて、その日に向けて、米朝間の本格的な準備協議が始まった。ただ、「中止」の発表は「ブラフ」だったという説は今も根強い。「中止」と脅せば、北朝鮮側は非核化で望ましい条件を出してくると考えたのではないか、とする見方だ。