ガラス窓にいたのは「暗視ゴーグルをつけていた男」

 一方、秋氏は、とりあえず集まっていた議員らとともに国会議事堂に向かい、院内代表室に入った。そこで議員たちと本会議の対応を協議していた。前述の居酒屋で飲んでいた議員もそこにいた。みなが議論していると、外に面したガラス窓から「ゴツゴツ」という音が聞こえて来た。議員は「何だろう」と思い、外の様子を見ようと窓ガラスをのぞき込んだ。そのとたん、向こうからもこちらをのぞき込んでいる男と目が合った。男は戦闘用のヘルメットに暗視ゴーグルをつけていた。

「兵士たちは国会議事堂に侵入する場所を探していた」と議員は証言する。だが、兵士たちは議員たちと物理的な衝突を避けるよう指示されていたようだった。兵士らは室内に人がいることを確認すると、無人の部屋を探して別の方向に立ち去った。

 この議員も軍隊に入隊した経験があるが、初めての光景に胸の動悸が止まらなかったという。まもなく、禹元植議長から「本会議を午前1時から開く」という連絡が秋氏のところに来た。議員たちは「解除決議に必要な過半数の議員が集まったな」と直感した。ところが、そのすぐあと、議長から「本会議開催を30分早める」という連絡が来た。兵士たちの乱入を警戒し、一刻の猶予もないという雰囲気が伝わってきた。

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 院内代表室にいた議員たちは、慌てて部屋を出て本会議場に向かおうとした。しかし、ドアを開けると、そこには先ほどと同じように、戦闘用ヘルメットに暗視ゴーグルをつけた兵士たちが無言で廊下を埋め尽くしていた。小銃も見えたが、実弾が装填されているかどうか、確認する心の余裕はなかった。

 兵士たちは議員たちをじっと見つめていた。物理的に阻止しようとしたり、大声を上げることはなかった。議員は「今思えば、兵士たちを押しのけてでも本会議場に向かうべきだった。でも、あの光景をみて、思わず足がすくんでしまった」と語る。議員たちはそのまま、院内代表室で解除決議が採決される様子をテレビで見ているほか、方法がなかった。

韓国大乱 (文春新書)

牧野 愛博

文藝春秋

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