2024年12月3日、戒厳令に乗じて、自身の政敵を逮捕しようと画策していた尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領。のちにわかった「逮捕リスト」のなかには、大統領の懐刀として働いていた人物の名も。なぜかつての仲間を逮捕しようとしたのか? その背景にある大統領妻の問題とは? 朝日新聞元ソウル支局長の牧野愛博氏の新刊『韓国大乱』(文春新書)より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目/最初から読む)

かつて「国民の力」代表だった韓東勲氏 ©getty

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与党代表は顔面蒼白で国会議事堂へ

 一方、国会議員たちはどうしていたのか。

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 与野党議員ともに「青天の霹靂」と言える状況だったようだ。与党「国民の力」所属のある議員は、国会近くの居酒屋にいた。そばのテーブルで飲んでいた韓国メディアの国会出入り記者たちが午後10時半ごろ慌ただしく、店を出て行った。

 いきなり出ていくので、不審そうな顔を向けた議員に、記者はこう言った。「戒厳令だ」。「何を冗談を」と思った議員のスマホがけたたましく振動を始めた。

 SNSアプリ「カカオトーク」の通知だ。党所属の議員や職員らがつくったグループで、ひっきりなしにやり取りが行われていた。「どこに行けばいいのか」「国会議事堂が封鎖されていて入れない」「党本部に行くべきか」。そんなやり取りが延々続いていた。

 議員はとりあえず、国会議事堂そばの「国民の力」党本部に向かった。そこには党代表の韓東勲氏や、ナンバー2の秋慶鎬院内代表ら(いずれも当時)が顔をそろえていた。韓氏は党最高委員会議を、秋氏は議員総会の予備会議にあたる戦略会議を、それぞれ開こうとしていた。戒厳令が国会議員の活動を制限することを宣言しており、戒厳令解除決議のための本会議が開かれることが簡単に予想された。2人はそれぞれ、党ないし議員団の立場をまとめる必要があると考えていた。

 韓氏は盛んにスマホでやり取りをしていたが、顔面蒼白の様子で「国会議事堂に行く」と話した。韓氏はこの時点で自身が「逮捕リスト」に名前が挙がっていることを知ったようだ。戒厳令に従い、尹大統領らは政治家や司法・言論関係者ら14人の「逮捕リスト」を作っていたとされる。

 そこには尹政権最大の政敵、「共に民主党」の李在明代表や禹元植国会議長、金命洙元大法院長(最高裁長官)らとともに、韓東勲氏の名前もあった。なぜ、韓氏の名前が挙がったのか。それは、尹錫悦大統領の妻、金建希氏の動静と関係がある。