進化の隣人・ゴリラは老いをめぐる学びの宝庫

――他の動物とは異なる、人間の老年期の意味とはなんでしょうか?

山極 動物の世界は、個体と環境がダイレクトに接しているので、個の生命力が弱くなると自ずと死に至ります。しかし、700万年の進化史において人間は「弱みを強みに変える」戦略を採用し、社会力を強化しました。

 出産という命がけの大仕事を経験豊かな高齢者が支え、一度にたくさん産めない子どもをみんなで世話をする「共同保育」を始めたのです。たとえ介護やケアが必要でも、高齢者と一緒に生きることが、集団的に大きな力になった。シニア世代が子育てにコミットすることが、社会を発展させる原動力になってきたのです。

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 実は、進化の隣人であるゴリラは老いをめぐる学びの宝庫です。ゴリラのオスは歳をとると、背中が白銀色のシルバーバックになって実に美しくなりますが、彼らは歳をとっても群れを追い出されることなく、若い世代から慕われて暮らします。その秘密はオスの子育てにあるんです。

父親の背中で遊ぶ子どものゴリラ ©山極寿一

 ゴリラの赤ちゃんは離乳したら母親の手を離れ、父親に預けられます。子どもたちは父親の周りで遊び、抱きついたり背中を滑り台にして遊ぶんですね。父親に育てられた息子たちは成長しても父親を邪険に扱いません。だから老いたシルバーバックは敬われ、死ぬまで群れのリーダーであり続けられるんです。

――育児をしたからこそ老年期も大切にされるというのは興味深いですね。

“よい老い方”3つの条件とは?

山極 ゴリラのオスが生涯リーダーであり続けられるのは、自分の力が衰えてもみんなが慕ってくれるからです。ボスのように力で押さえ付けるのではなく、みんなに担がれないとリーダーにはなれない。松下幸之助さんが言うリーダーの条件は、「愛嬌がある」「運が良さそうに見える」「背中で語る」の3つです。実はこれ、そのままよい老い方の条件とも言えると思います。

 シルバーバックのもとに安心して子どもたちがよってきて遊ぶように、「愛嬌のある」お年寄りのもとに子どもは自然と惹きつけられます。「運が良さそう」とは、「この人についていったら何かいいことがありそう」と思わせるような、惜しみなくまわりに分け与える前向きな振る舞い。「これは俺のもの」という独占欲の強い人は、運が悪そうでしょ?(笑)。

 そして「背中で語る」とは、その人のなかにある自信。それは長い年月を生き抜いてきた人生経験からにじみ出てくるものです。

山極寿一氏

 老いたゴリラの背中が美しいのは、その自信が生涯消えないからです。ジャングルの深い闇を移動するときも、先頭に立つシルバーバックの背中が浮き上がり、群れを迷わせません。いちいち指図したり振り返ったりせずに、リーダーは背中で語るものなんですね。

 こうした魅力は、よい老い方をした成熟の証しでもある。

――老いの理想的なモデルですね。