山極 ご高齢の方は、人間同士の付き合い方や、自然との向き合い方の知恵をもっていますし、さまざまな分野での身体知もある。そういうポテンシャルにもっと思いを拡げるべきだと思います。
例えば、高齢者のみなさんは、伝統的なお祭りのとき、どういう衣装やどういう礼儀作法が必要かを知っていますよね。なんでも自由にやるのではなく、昔からの型を踏まえることでより活気溢れるものになったりします。そういう文化的な知恵がもっと世の中に満ちていいと思う。
競争から一歩身を引いたところにある幸福な時間
――最後に、老いの心構えとして一番大切なことはなんでしょうか。
山極 それは、我欲を捨てること、他人を立てること。若い頃は、自分の成功や利益を一生懸命追いがちです。力が溢れているから、ある程度は仕方ない。でも高齢者は、体力も認知能力も落ちてくるなかで、みなの模範となる振る舞いをし、他者の「引き立て役」になることが大切です。
高齢者は主人公じゃない、サポート役になるのがさまざまな世代とうまくやる秘訣です。現役を引退したのに、会社員時代を引きずって上司風を吹かせてしまうような態度はもってのほか(笑)。とくにベビーブーマー世代の高齢者は自分たちが社会の中心だった時代の感覚を捨て、若い世代を立てて社会の土台づくりをする姿勢が肝心です。主役はあくまで若い人たち。
もともと日本には隠居制度という優れた知恵がありました。隠居は壮年期の競合し合う関係性から抜け出して、落ち着いた場所で、趣味に興じる。草花を愛で、碁や将棋をさしたり、詩を詠んだりして、ゆったりした時間を過ごす。競争から一歩身を引いたところで自然とともにある時間をもつことは、とても幸福なことです。
高齢者が、どうやって自然と付き合い、人間関係を楽しんだらいいかを示すことは若い人にとって学びのモデルとなります。「歳をとったらああなりたいな」と思われるような生き方をつくっていくのです。
本書には、僕が研究人生のなかで動物たちから教えられた老いの本質や、忘れがたき恩師たちの老い方の知恵を記しました。社会のなかで、老いというものを捉え直すきっかけになれば嬉しく思います。
INFORMATIONアイコン
刊行記念トークイベント
4月3日(木)MARUZEN&ジュンク堂書店 梅田店
「サル化する社会でどう老いるのか?」
山極寿一×内田樹
https://online.maruzenjunkudo.co.jp/products/j70065-250403
