東京駅から通して終点の上総一ノ宮駅まで乗ろうとする酔狂な客は、私くらいしかいないのであろう。車窓には高い建物などほとんどなく、真っ青な快晴の空が大きく見える。
こうしてすっかり車内はがらんどうになって、東京駅から約1時間30分。目的の上総一ノ宮駅に到着した。列車が着いたホームは島式の2番のりば。そこから古びた木造の跨線橋を渡って駅舎のある3番のりばへと向かう。
上総一ノ宮駅の駅舎は、2020年にリニューアルされた。リニューアル前は1939年築という大変古い白壁と褐色の屋根瓦を持つ駅舎だったが、いまは薄いブルーの直線的な屋根が印象的なスタイルに。水平の軒は、海の水平線をイメージしたものなのだとか。
つまるところ、上総一ノ宮駅は海に近い駅、というわけだ。駅の目の前には地域色の強い飲食店や土産物店にタクシー会社。その脇から北西に向かう道を少し歩けば、国道128号に出る。国道沿いには商店や金融機関などが建ち並ぶ。
いかにも老舗といった風合いの店構えも目立ち、この地が歴史のある町であるということを物語っている。一宮町の中心市街地だ。そして、国道を渡った先には、“一ノ宮”の由来でもある上総国一宮、玉前(たまさき)神社が鎮座している。
立派な神社で見かけた「とある珍しいお守り」の“ナゾ”
玉前神社の祭神は玉依姫命(たまよりひめのみこと)。言わずとしれた神武天皇の母で、すぐ東に広がっている太平洋からこの地に上陸したという話も残る。
さすがに伝説めいている、というか間違いなく言い伝えの域を出ないのだが、それだけ由緒のあるお社なのは間違いない。一宮の町は、この玉前神社の門前町がルーツといっていい。
また、江戸時代後期には譜代大名の加納氏が伊勢国八田から拠点を移し、一宮藩が成立している。城下町というほど立派なものではなかったが、玉前神社と一宮藩の陣屋を中心に、それなりの町が形成されていた。
ちなみに、加納氏はもとは和歌山藩の家臣で、徳川吉宗が和歌山藩主から8代将軍に就任すると加納久道が側近として台頭、大名に取り立てられた。
幕末には若年寄・加納久徴が出ており、最後の藩主・加納久宜の子の久朗は戦後の千葉県知事。こうしたところからも、一宮町はただの小さな町というわけではないよ、ということがうかがえる。
で、そんな立派な玉前神社で見かけたのが「波乗守」と名付けられたお守りだ。玉依姫命が波に乗って海から上陸した伝説に由来する……とあるが、それにしても珍しいお守りである。
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東京から約1時間30分の距離にある房総の駅「上総一ノ宮」で見かけたこの珍しいお守り。じつは駅のホームにも通じるある“由来”が……。後編に続く(写真=鼠入昌史)。

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