自宅からわずか300mほどの沢で被害牛を発見

 1頭の牛が帰ってこないことに伊東が気付いたのは、2021年8月4日の夕方のことである。伊東は付近を探してみたが、日没までに見つからなかった。そこで翌朝、改めて妻と一緒に探しにいったところ、傾斜のある放牧地をおりていった沢のそばで、被害牛を発見した。すでに牛は、バラバラになっていた。

 それから半年が経過しても、伊東は怯えを隠さなかった。辺りが薄暗くなる夕方以降は、放牧地へ近づこうともしなかった。無理もなかった。伊東が暮らす自宅から、沢までは300mほどしか離れていない。牛だけを襲い、人は襲わずにきたOSO18だが、急に人間に出くわすと、ほかのヒグマ同様、何をするかわからない。

 初めて伊東に会った頃、沢は凍り、雪に覆われていた。伊東によれば、雪の下にはまだ前年の夏に殺された牛の死骸があるはずだという。OSO18が再来することを期待して、残したままにしていたからだった。

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 雪が解けると、死骸を片付けるために見に行かなければならないと言う伊東に、私は、その様子を撮影させてほしいと頼んだ。伊東は、俺もひとりでは行きたくないから、といって了承してくれた。

カラーで撮影されたOSO18の姿(写真=標茶町役場提供)

初めて見る、明らかな殺戮の痕跡

 伊東には娘が2人いるが、すでに標茶を出て、跡継ぎはいない。ここ数年、乳価は低迷し、経営状況は芳しくない。そのさなかにOSO18による被害が起きた。姿を見せないヒグマは、伊東に、「もうやめようかなと思ってるんだ。いまなら、まだ牛も高く買ってもらえるかもしれないから」と、弱気な言葉を吐かせていた。

 しばらくして、牛の死骸を見に行く日、伊東は、「沢まで行くのは、あいつに襲われてから初めてなんだ」と口にした。雪が解け始めて淡い緑が顔をのぞかせた放牧地を歩き、起伏をおりて行くと、眼下の沢のそばに、バラバラになった骨が見えた。土や落ち葉の焦げ茶に、骨の白が鮮やかに浮かんでいた。

 伊東は、「骨、残ってる」とつぶやいて、白骨を見おろしながらしばし立ち尽くし、そして、こう言った。

「これだけの被害を与えているクマだから、どこかで捕まるだろうと考えていたんですけど、こうやって捕まっていないのが、本当に不思議です」

 初めて見る、明らかな殺戮の痕跡に、私も呆然としていた。おそるおそる、雪解け水が流れる沢に近づくと、残っているのは骨だけではないことに気付いた。白骨のまわりには、殺された牛の毛や皮の切れ端がそのまま散らばっていた。

次の記事に続く 「こんなの見るもんじゃない」“謎のヒグマ”に殺された牛の死体を発見→思わず絶句…NHK取材班が目の当たりにした被害現場の“深刻な状況”

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