打ち切り動議ときっかけ質問
日枝はようやく5人目から一般株主を指していったが、案の定、厳しい質問が続き、なかには日枝を罵倒するような意見も聞かれた。
質疑が始まって1時間が経過し、一般株主8人(複数回質問者を1人として)が質問した後、日枝のモニターには壇上裏の弁護士からのサインが灯った。日枝は総会を終わらせるべく舵を切った。
やらせと八百長の核心は、「打ち切り動議」とそれを出す合図となる「きっかけ質問」の二つである。
とりわけ打ち切り動議は、局長級の幹部に割りあてられる重大な役割だ。役員への昇格を控えた者が、その任務を授かると、「日枝の期待に何としても応えなければならないといった倒錯した心理状態に陥るケースがままある」(フジテレビ幹部)という。それが、どれほど違法で株主つまり視聴者への背信行為であったとしてもだ。
日枝は、事前のリハーサルでその2人の幹部社員が座っている位置を確認して脳裏に刻み込んでいる。見慣れた顔を探しだし、13人目の質問者に指名した。これも50がらみの男が立ち上がった。「去年、(視聴率)三冠王を取ったということだが、今年の見通しをうかがいたい」
あたかも無知な一ファンを装ったが、実際は視聴率などを熟知する営業局の営業推進センター室長という多くの部下を抱える幹部だ。
社員株主やスタッフたちは、この室長が指された時点で総会の終焉が目前に迫ったことを知る。総務局が作成した台本には、室長の名前と質問内容が「打ち切り動議」のひとつ前に明記されている。室長に割り振られた視聴率の質問は、事前に決められた質疑打ち切り前の合図だ。
担当役員が「今年も三冠を取れるものと確信している」とこれもやらせで応じる茶番が演じられた。
視聴率の質問を合図にその日、初めて手を挙げた者がいた。日枝は迷うことなくその男を見付けだし、「はい、どうぞ」と指さした。
「ここまでのところで十分審議は尽くしたと思う。質疑を打ち切り、議案の採決に即座に移っていただくよう動議を提出します」
太い声を会場に響かせた男は、20名以上の部下を持つ情報システム局長である。日枝は即座に「私も本動議に賛成だ。お諮りする。ご異議はありませんか」と宣言、社員株主の拍手を支えに決議に突き進んだ。
質問できなかった株主らの怒号が飛び交うなか、すべての議案はあっという間に可決された。
14人の質問者のうち社員株主は6人、実に4割以上を占めていた。しかも全員が社員であることをひた隠しにしていた。その分、一般株主の発言は封殺されたのである。(文中敬称略)
※本記事の全文(13,000字)は、「文藝春秋」2025年3月号と、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」に掲載されています(中川一徳「日枝久への引退勧告」)。
全文では、日枝氏が1992年に行った「クーデター」、河川敷で火の上を歩かせるロケを行い、老人が重度のやけどを負った事件の詳細などについて、レポートしています。
